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ぬぽぬぽ
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正確に言うと件(くだん)ではなく、牛女の都市伝説である。
件(くだん)は顔が人間、体が牛という怪物。性別は雄。江戸時代から流布しており、都市伝説と言うよりは本来の伝説の範疇である。件(くだん)はあくまでも牛から生まれる存在で、その図像は縁起物として利用されてきた。内田百の同名の短編小説の中で大きな災厄を予言した直後に死ぬ怪物として登場するほか、神戸市には件(くだん)の設定をひっくり返した牛女の都市伝説が広まっており(『新耳袋』など)、こちらは小松左京によって、『くだんのはは』の題で小説化された(小松が百の小説を元ネタに書いたという説もある)。
西岸良平の漫画『鎌倉ものがたり』、真倉翔・岡野剛の漫画『地獄先生ぬ?べ?』にも登場。


件(くだん)は、古くから日本各地で知られる妖怪。「件」の文字通り、半人半牛の姿をした怪物として知られている。

その姿は、古くは牛の体と人間の顔の怪物であるとするが、第二次世界大戦ごろから人間の体と牛の頭部を持つとする説も現れた。

幕末頃に最も広まった伝承では、牛から生まれ、人間の言葉を話すとされている。生まれて数日で死ぬが、その間に作物の豊凶や流行病、旱魃、戦争など重大なことに関して様々な予言をし、それは間違いなく起こる、とされている。また件の絵姿は厄除招福の護符になると言う。

別の伝承では、必ず当たる予言をするが予言してたちどころに死ぬ、とする話もある。また歴史に残る大凶事の前兆として生まれ、数々の予言をし、凶事が終われば死ぬ、とする説もある。また、雄の件の予言は必ず当たるが、雌の件がその予言の回避方法を教えてくれるなどの異説がある。

江戸時代から昭和まで、西日本を中心に日本各地で一種の都市伝説として様々な目撃談がある。


この怪物の目撃例として最古と思われるものは、文政10年(1827年)の越中国立山でのもの。ただし、この頃は「くだん」ではなく「くだべ」と呼ばれていた。ここで山菜採りを生業としている者が、山中でくだべと名乗る人面の怪物に出会った。くだべは「これから数年間疫病が流行し多くの犠牲者が出る。しかし自分の姿を描き写し絵図を見れば、その者は難を逃れる」と予言した。これが評判になり、各地でくだべの絵を厄除けとして携帯する事が流行したと言う。


「くだん」としての最古の例は天保7年(1836年)の日付のある瓦版に報道されたもの。これによれば、「天保7年の12月丹波国倉橋山で人面牛身の怪物『件』が現れた」と言う。 またこの瓦版には、「宝永2年12月にも件が現れ、その後豊作が続いた。この件の絵を貼っておけば、家内繁昌し疫病から逃れ、一切の災いを逃れて大豊年となる。じつにめでたい獣である」ともある。また、ここには「件は正直な獣であるから、証文の末尾にも『件の如し』と書くのだ」ともあり、この説が天保の頃すでに流布していた事を示す。

因みにこの報道の頃には天保の大飢饉が最大規模化しており「せめて豊作への期待を持ちたい」という意図があってのものと思われる。

幕末に入ると、件は突如出現するとする説に代わって、人間の飼っている牛が産んだとする説が広まり始める。慶応3年(1867年)4月の日付の『件獣之写真』と題した瓦版によると「出雲の田舎で件が生まれ、『今年から大豊作になるが初秋頃より悪疫が流行る。』と予言し、3日で死んだ」という。この瓦版には「この瓦版を買って家内に貼り厄除けにして欲しい」として人面牛身の件の絵が描かれており、件の絵画史料として極めて貴重なものである。




明治時代から昭和初期にかけては、件の剥製と称するものが見世物小屋などで公開された。小泉八雲も自著『伯耆から隠岐へ』の中で、件の見世物をする旅芸人についての風説を書き残している。それによると、明治25年、見世物をする旅芸人が美保関行きの船に件の剥製を持ち込んだ。しかしその不浄の為に神罰が下り、その船は突風の為に美保関に上陸できなくなったという。

昭和に入ると、件の絵に御利益があるという説は後退し、戦争や災害に関する予言をする面が特に強調された。第二次世界大戦中には戦争や空襲などに関する予言したという噂が多く流布した。昭和18年(1943年)には、岩国市のある下駄屋に件が生まれ、「来年4、5月ごろには戦争が終わる」と予言したと言う。また昭和20年(1945年)春頃には松山市などに「神戸に件が生まれ、『自分の話を信じて3日以内に小豆飯かおはぎを食べた者は空襲を免れる』と予言した」という噂が流布していたという。


第二次世界大戦末期から戦後復興期にかけては、それまでの人面牛身の件に代わって、牛面人身で和服を着た女の噂も流れ始めた。以下、これを仮に牛女と呼称する。

牛女の伝承は、ほぼ西宮市、甲山近辺に集中している。例えば空襲の焼け跡で牛女が動物の死骸を貪っていたとする噂があった。また、芦屋市・西宮市間が空襲で壊滅した時、ある肉牛商の家の焼け跡に牛女がいた、おそらくその家の娘で生まれてから座敷牢に閉じ込められていたのだろうという噂などが残されている。

小説家小松左京はこれらの噂に取材して小説『くだんのはは』を執筆したため、この牛女も件の一種とする説もある。 が、幕末期の件伝承と比較すると、

* 件は牛から生まれるが、牛女は人間から生まれる。
* 件は人面牛身、牛女は牛面人身。
* 件は人語を話すなど知性が認められるが、牛女にはそれが認め難い。

といった対立点があり、あくまでも件と牛女は区別すべきと言う主張もある。
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人面犬(じんめんけん)とは、都市伝説に登場する人間の顔を持ち言葉を喋る犬である。


にかけて、小学生や中学生の間で雑誌・テレビ等のマスメディアを介して、人面犬の噂は広まった。ただし、人間の顔を持つ犬の都市伝説や民間伝承そのものは、これ以前からも存在する。

また、人面の生物に関連する都市伝説として、他に件(くだん)や人面魚がある。ヘイケガニなど、実際に人間の顔のような模様を持った生物もいる。伝説上の生物の中にも、人面獅子のマンティコア、ギリシア神話にあらわれる女面鳥身のハーピー、ヨハネ黙示録に登場する蝗(イナゴという名だが、馬のような体に人間の顔を持つとされる)などが存在し、人間の顔と動物の体という組み合わせの怪物のイメージは古くから存在した。メキシコ西部コリマ州などの遺跡からまさしく人間の面をつけた犬を象った中空な土製品(土偶というより象形土器に近い)が出土している。

人面犬の目撃例は、大別して以下の2種類に分かれる。

* 深夜の高速道路で、走っている車に時速100キロメートルのスピードで追いすがり、追い抜かれた車は事故を起こす
* 繁華街でゴミ箱を漁っており、不審に思った店員や通行人が声を掛けると、「ほっといてくれ」と言い返して立ち去る

他にも人間に「勝手だろ」「うるせえ」「なんだ、人間か」などの捨て台詞を言ったり、カップルを見ると「俺もやりてぇんだよ」と下品な言葉を吐いたり、6メートル以上ジャンプするともいう。 またその誕生に関して、リストラされ自殺した中年の男の怨念が犬に憑依したと言われている


* 1970年代に漫画『うしろの百太郎』や『SF/ボディ・スナッチャー』に人面の犬が登場。
* ジャーナリストの石丸元章は、彼がポップティーン誌編集部と結託して、読者投稿にあった人面犬の話に創作を加えて誌上で広めたのが、人面犬ブームの発祥であると、クイック・ジャパン創刊準備号のレポートにおいて報告している。また、その流れを受けて、1990年に『THE 人面犬』というビデオ作品が製作されている。この作品には石丸元章も出演している。
* 俳優の的場浩司は、仲間との会話での野良犬をネタにした冗談が、知り合いのDJを通じた放送で全国に広まり、人面犬の噂になったのだと、ダウンタウンDXで主張している。
* 爆笑問題の田中裕二がラジオ番組爆笑問題カーボーイにて語ったところによると、同番組の放送作家YAS5000が昔組んでいたお笑いコンビの相方、ニシムラ君の実験が発端。白衣を着て放課後の小学生らに「研究所から人間の顔を持った犬が逃げたんだが、見なかったか?」と聞くのを繰り返したところ、1年後には人面犬の都市伝説が大流行していたという。元々、小学生の「塾」を介した「噂伝播」のネットワークの検証が目的であったらしい。

複数の説があることからもわかるように、「人面犬発祥説」自体がすでに都市伝説化している。

文化7年(1810年)6月8日に江戸の田戸町で、ある牝犬の産んだ子犬の1匹が人間そっくりの顔であったという。1人の興行師がこれを聞きつけ、さっそく人面犬の見世物として売り出したところ、押すな押すなの大人気となった。江戸時代の文人・石塚豊芥子の著書『街談文々集』にも、豊芥子がこの見世物を見に行ったことが述べられている

# 漫画『うしろの百太郎』(1973年?1976年)

* つのだじろうの作品。霊犬ゼロという霊感能力を持つ人面の犬が登場する。

# アメリカ映画『SF/ボディ・スナッチャー』(1978年)
# 映画『学校の怪談2』『学校の怪談3』

* 「2」ではきたろうが、「3」では林家こぶ平(現・林家正蔵 (9代目))が人面犬役で出演。

# ビデオ『THE 人面犬』(1990年)

* 人面犬ブームの頃に製作された、人面犬の謎にせまる内容の作品。

# 漫画『ザ・人面犬』あすかあきお(コロコロコミック1990年2月号)
# 漫画『人面犬太』竹村よしひこ(コロコロコミック1990年10月号)
# アニメ『学校の怪談』(2000年?2001年)

* トイレの花子さんと同じく全くのおまけキャラ。害はない。

# 漫画『地獄先生ぬ〜べ〜』

* 生前の罪により魂が穢れた人間が犬に転生した結果の姿。

# 美術作品・展覧会『人面犬研究所 ?ドッグメ?ン?』(2001年)

* 作家 柴田ジュン、キュレーション 深瀬鋭一郎、会場 晶アート(青山)
古来から妖怪の一種として語られていたが、1979年頃、日本各地で社会現象にまでエスカレートした。2004年頃にインターネットを通じ韓国で流布し再び話題となった。

マスクをした若い女性の姿で現れ、学校帰りの子供などに「わたし、きれい?」と訊ねてくる。「きれい」と答えると、「……これでも……?」と言いながらマスクを外す。その口は耳元まで大きく裂けているという。この時「きれいじゃない」と答えるとその場で鎌(切れ味のある鋏という場合もある)で斬り殺され、「きれい」と答えると家までついてきて玄関口で斬り殺される。殺されない為には「ふつう」と答えるしかないと言う(1978年頃に京都で流布したパターン)。2000年頃に再び小学生の間で噂になり、殺されない為には「まあまあです」と答え、口裂け女が考え込んでいるうちに逃げれば良いと言われた。後は「田中の友達」と言えば助かると言われる。

この都市伝説は全国各地の小学生・中学生に非常な恐怖を与え、パトカーの出動騒ぎ(福島県郡山市・神奈川県平塚市)や、連絡簿に注意事項として記入されたり(東京)、集団下校が行われたりした(北海道釧路市・埼玉県新座市)など、ヒステリー状態をもたらした。

口裂け女の伝承にはさまざまなバリエーションが存在する。

彼女が所持している凶器は、長い鋏や、出刃包丁、鎌、鉈、斧、メスなど複数の刃物を持っているといわれている。都会では人が多いせいか、隠し持つことのできる鋏や鎌、メスなどが多く、田舎では都会に比べ人が少なく隠し持つ必要も低いため、出刃包丁や鉈、斧など破壊力のある凶器を好む傾向にあった。また(誰が数えたのかは不明だが)歯が130本生えており子供を噛み殺すことも容易にできるという噂もある。実は三姉妹であり、彼女達全員口が裂けていると言われている。あるいは口が両側裂けているのはひとり、片側だけ裂けているのがひとり、残るひとりはメイクで裂けている様にみせかけているというバリエーションもある。出遭った人が「3人の中で誰が綺麗?」と聞かれ、1人を選ぶと、他の2人に殺されるともいう

血の目立たない真っ赤な服をきている、血の目立つ真っ白い服を着ているなど服装に関する噂も多い。身体能力は100メートルを3秒で走る(6秒説もある)ほど高く、白バイを追い抜いたという噂もある。下駄を履いた状態でもこのスピードを出せるとも言われた。身長に関しては諸説あるが、2メートルを超えていたという情報もあった。

耳まで避けた口で通行人を食べてしまう、人をどこかへ連れ去ってしまう、といった噂話が立ったこともある

口裂け女から無事逃げるには様々な方法があると伝えられている。広く知られたものにべっこう飴とポマードがある。べっこう飴は口裂け女の好物であり、これを与えると口裂け女が夢中でなめている隙に逃げられるというもの。また「ポマードポマードポマード」と三回続けて唱える(6回という説もある)と口裂け女がひるむ(逃げると言われる地域もある)ので、その隙に逃げられるというものもあるが、この場合は身体能力からしてかなり怯ませてから、逃げなければならない。また、ポマード自体を投げ付けたり、それを振り掛けたりして退散させる方法もある。こちらは口裂け女となってしまった原因が、診療を受けた歯科医(一説に形成外科医や美容整形外科医とも)のポマードがあまりにも臭くて治療中に思わず顔を背けてしまい、口が裂ける受傷起点になってしまったというエピソードに由来するといわれている。しかし、足の裏にポマードと書くという方法や、娘の美しさをねたんだ母親が娘の口をはさみで切った、など口が裂けるほかの説があるため、整髪料とは無関係との意見もある。また、以前に口裂け女の付き合っていた彼氏がポマードをつけていたともいわれている。特にべっこう飴説は広く人口に膾炙し、当時のパソコンゲーム「平安京エイリアン」にもプレイヤーが敵を足止めするアイテムとして取り入れられた。また、口裂け女は建物の二階より上に上がることができないので、二階建て以上の建物に逃げ込むというものもある。三軒茶屋や三宮など地名に「三」のつく場所に多く現れると言われる。 又右肩をたたかれたら左側へゆっくり、左肩をたたかれたら右側へゆっくり振り向けば助かると言われた。それと手のひらに「犬」と書いてあった時に見せたら逃げるとも言われている。

韓国では、「赤いマスクの女」として登場する。この赤の色には、血や性や生理を意味していると言われる。

埼玉では、「私きれい?」との問いかけに、「綺麗」と答えると「じゃ、あなたも私のようにしてあげる」と言って口を切られる。「醜い」と答えると形相がかわり怒って殺されてしまう。ちなみに「普通」という回答はなく他の答えは醜いに取り入れられる。逃げる方法はなく出会ったら最後、必ず殺されると言われていた。派生的に、「私きれい?」と問い掛けられた子供たちが陸上部員であった為に逃げ切れたとか、ランボルギーニに乗っていた所を声掛けられて難を逃れた。という話もあった。

1968年8月18日に岐阜県で飛騨川バス転落事故が起きたしばらく後、事後現場の川から白骨化した頭蓋骨が発見され、それを復顔したところ、口が耳まで裂けており、当時ブームとなっていた口裂け女の亡霊かと噂になったこともある

1979年6月21日には姫路市で、包丁を持った口裂け女が現れたことがあるが、これは25歳の人間女性がいたずらで口裂け女の格好をしたもので、銃刀法違反で逮捕されている

江戸時代にも口裂け女が江戸近郊に現れていたといい、その正体は狐が化けたものだったといわれる

精神錯乱を起こした女性が、自ら傷つけた顔を小学生に見せて襲い掛かる、というもの。「口裂け女」との類似点が多い。被害者を引きずりまわすところから「ひきこ」、とされるが、引きこもりの症例を更に貶める方向に形成された、という分析もある。

雨の日に外を歩いていると、向こうから白いぼろぼろの着物を着た目と口が裂けた女性が歩いてくる。その女性は人形のようなものを引きずっているのだが、それは人形ではなく小学生ほどの子供そのものだった。

ひきこさんはもともと虐められっ子であり、自分を虐めた同じ小学生たちに対する恨みから子供を捕まえては肉塊と化すまで引き摺り回しているのだった……。

口裂け女と類似した都市伝説だが、見た目が美人な口裂け女に対し、ひきこさんは元々醜い容姿をしている。本名である「森妃姫子」という名前も後付けのようなものが感じられる(引き子→ひきこから)。また、彼女自身は元は普通の人間であったとされ、自身が妖怪化した原因に対し、両親の虐待等も挙げられる。

子供の表面が削れて無くなるほどの速度で引き摺り回すことから、具体的なデータが一人歩きしはじめた口裂け女同様に、運動能力は相当高いものと思われる。ひきこさんは引き摺って殺した子供たちを自宅にコレクションしているとも言われ、原因が虐めにあることなど、最近の世相を考えるとリアリティと凄惨さでは都市伝説中高い部類に入ると思われる。

# 残忍性・暴力性の高いひきこさんだがやはり虐められたトラウマは残っているらしく、虐められた子供と同じ名前の子は襲わない。また、虐められっ子も襲わないと言う(虐められた子供の具体的な名前は不明)。
# 自分の顔の醜さを改めて自覚させられるため、鏡を見ることも嫌う。出会ったら鏡を見せること。
# ひきこさんが「私の顔は醜いか」と聞いたら「引っ張るぞ!引っ張るぞ!」と叫ぶなど
「カシマレイコ(仮死魔霊子)」「キジマさん」「テケテケ」、足のない女性や軍人、幼児のようなバケモノなど、名前や姿は地方によって諸説ある。話を聞いた人の下に数日以内に現れるといわれ、回避するには呪文を唱える必要がある、とされる。軍神を奉る鹿島神宮と旧日本軍との関連を示唆する説もある。

* 男性版

* 戦時中に郵便配達員だった男性が、米兵に両手足を撃たれ苦しみぬいて死んだ。この話を誰かから聞くと、恨みから聞いた人に夢や電話などを通じて接触し謎の問いかけをする。問いかけに正しく答えられないと身体の一部を持っていかれ、死ぬとされる。

* 女性版

* 終戦後の混乱期に米兵に強姦された女性が将来を儚んで列車に投身自殺をした。この話を誰かから聞くと、恨みから聞いた人に夢や電話などを通じて接触し謎の問いかけをする。問いかけに正しく答えられないと身体の一部を持っていかれ、死ぬとされる。

※他にも数多くのバリエーションがある。

この事件について疑問に思ったある警察官が地図に事件の起きた場所にしるしをつけ、線で結んでいくと、頭、腕、足がない胴体の輪郭になったとされる。

* 謎かけその1

1. 「手をよこせ」と言われたら「今使ってます」と答える。
2. 「脚をよこせ」と言われたら「今必要です」と答える。
3. 「その話を誰から聞いた」と聞かれたら「カシマさん」と答える。

* 謎かけその2

「誰から聞いた」などの問いかけに「カは仮面(火事)のか、シは死のし、マは魔のま、レイは霊のれい、コは事故のこ」と唱える(いくつかバリエーションあり)。

# 現れるものは身体の一部が欠損した女性、身体がケロイド状の女性、旧日本軍兵士など様々である。
# 夜中のトイレ、学校、夢枕などに現れ、当事者に謎かけを行う。この問いに答えられないと「脚を持っていかれる」、「死んだり重傷を負ったりする」などとされる。また、その話を聞いた人のもとにもカシマさんが現れるという。
# 質問で有名な内容は「脚いるか?」「この話誰に聞いた?」など。「脚いるか?」という問いに対しては「いる」と答えないと脚をとられ、「この話誰に聞いた?」という質問には「カシマレイコさんから聞きました」と答えなければ祟りがあると言う。
# 質問をせず、いきなり襲い掛かってくる事例もあると言われる。呪文を唱えれば退散する。
# 夢の中に現れる事例はかなり有名であり、新聞でも一時取り沙汰されたほどである(新聞に載った、という話は怪談話にリアリティを出すために付け加えられることが多く、カシマさんのケースでも加古川市と高砂市で呪いによる死亡者が多く新聞で報道されパニックになった、という話が付加されているがどこの新聞の何日付かという言及は無い)。
# とある男性が、この話を聞いてしまい、自分に来るとわかったので、とある寺の住職に相談をした。住職は、前述のことを伝え、男性を安心させた。男性は伝えられたことを守ると、なんとかまぬがれることはできた。―何年かたち男性は旅行にでかけた。しかし、男性は旅行に出かけたまま、帰ってこなかったという
# 鹿島神社に関連があるとされ、鹿島大明神と呼ばれることがある。そのため鹿島神社のある地域では具体的な地名が出されることがある(上記参照)。
# ただし、タケミカヅチを祀る鹿島信仰との間に関連は存在せず、名前以外に共通点は発見できない。
# キジマさん、というバリエーションがある。
バスの窓越しにアーモンド目の子供を目撃するというもの。それは餓鬼であるとされる場合も。「新耳袋」に目撃談とされるものが掲載されている。
夢の中に出てきた女性に「足なんていらないでしょう?」と尋ねられ、「いらない」と答えると足を持っていかれてしまう、というもの。「足、いる?」と聞かれる場合や、「今忙しい?」と聞かれて「暇」と答えると地獄へ連れて行かれるというものもある。
注射男(ちゅうしゃおとこ)は、かつて日本のバブル景気の時代に関東地方で語られていた現代妖怪である。

全身包帯だらけの姿で、小学校の校門前や電柱の陰で、下校途中の小学生を待ちぶせしている。時間を聞くなどして小学生を呼びとめ、隙を見計らってその腕に毒薬や劇薬を注射する。

正体は実の兄によって座敷牢の中に幽閉された人物で、怨念のあまり妖怪に生まれ変わり、幸せな子供たちに復讐を行っているという。

医療事故などによる医療不信、学校での予防接種への恐怖、毒物犯罪の影響、先端恐怖症などが原因で生まれた都市伝説だと言われている。
地下鉄を降り、地上に出ると結構な雨。行き交う多くの人の間を縫うように歩いているといきなり肩を掴まれた。驚いて振り返るとそこにはタクシーの運転手が。険しい形相の彼は私の肩を掴んだまま、無言でタクシーに押し込もうとするではないか。わけのわからぬまま無理矢理乗車させられ、急発進するタクシー。我に返り、抗議しようとした私に運転手が青ざめた顔で言った。「無茶してすまなんだけど、誰もいない道で何かを避ける様に歩いていたあんさんを見て助けなあかん!と思たんや!あんさん、危ないとこやったんや!」…「大阪市営地下鉄千日前線」。昭和47年5月13日に117名が犠牲になった「千日デパート火災」の現場のすぐ近くであった。
同様の話は「ホテルニュージャパン」跡地や、東京大空襲で多くの犠牲者を出した墨田区界隈でも語られる事がある。
2メートルほどの長身で肌が黒く(緑色の場合も)体がゴム状になっている怪物。見える人間と見えない人間がいるという。ダウンタウンDXで的場浩司が語り流布した。2007年には明治神宮で写真も撮られ、東京スポーツの一面に載った。他にも親子連れや老人のゴム人間を見たという証言がある。
群馬県の国道沿いにある中古車販売店に、白いソアラが数万円という破格の安値で展示されていた。有名な高級車の一つであるソアラがこの価格で手に入るとなれば、当然誰かが買っていきその車は早々と店先から消えた。しかし後日、同じ白いソアラが再び中古車販売店にやはり数万円の安価で展示されているのだ。

実はこの車に乗った者は皆同じように運転中、事故によって首を切断され無残な姿で死亡していた。そしてその白いソアラは再び売りに出され、今もどこかの店先で次の「主人」を待ち続けているのだという。

# 比較的有名な都市伝説だが、出自に関してははっきりしていない。一説にはアメリカなど海外で一時期流行した「呪われたポルシェ」と呼ばれる都市伝説が変化したものではないか、というものがある。ちなみにソアラの生産開始は1981年からである。
# 何故か舞台は「群馬県の国道沿い」として語られる事が多い。また、話の中で「このソアラは元々暴走族の青年の所有車で、ふざけて箱乗りをしていたところ道路標識に激突し首を切断されてしまった」という注釈が加えられる事がある。
# この話におけるソアラの値段は時代や話し手によって上下するらしく、概ね3万?30万円程度とかなりの幅がある。現在は「5万円」とする説が大半を占めている模様。あくまで参考数値だが、ソアラの中古車の相場は安いものでも50万円前後が平均的価格帯とみられる(無論、状態・程度によってこれより安価な車両が見つかる可能性はある)。
# 類似の話に首ちょんソアラと呼ばれる都市伝説があり、しばしば同一のものとして語られている。ただしこちらの話には怪談的な要素は少なく、むしろ事故の恐ろしさを伝える内容である。
# 加瀬あつし原作の漫画ジゴロ次五郎では、主人公が訪れた解体屋で5万円のソアラ(但しこちらは3代目のZ30)を発見するが、このソアラの前のオーナーは事故によって首を飛ばして死んだというこの話を基にしたようなネタがある。
サザエさんの家(サザエさんのいえ)とは、神奈川県鎌倉市に実在した廃屋を舞台にした幽霊屋敷譚。モデルとなった廃屋は2003年末に起きた不審火により建物の一部が焼失したため更地にされたが、「鎌倉市にはサザエさんの家という幽霊屋敷が実在する」という話がインターネット上や口コミを介していまだに流布している。こうした事からサザエさんの家とは、実在する廃屋を題材に口承・伝承を介して誕生した一種の都市伝説とも言える。鎌倉市にはこのほかにも「お化けトンネル」と呼ばれる名越隧道のトンネルなど、著名な心霊スポットが少なくない。

サザエさんの家に関して流布している伝承としては「名前の由来」「廃屋となった由来」「実際に起きた心霊現象」の3点に関する物が主である。

* サザエさんの家と名づけられた由来
o 「サザエさんの家」という名前がついた理由については、「廃屋入り口に磯野(漫画『サザエさん』に登場する一家の名字)と書かれた表札がかつてあった事に由来している」という伝承が広く知られているが、真偽は不明。またいつ頃からこの俗称が広まったかについても良くわかっていない。しかしインターネット上にあるオカルト系の情報を扱うサイトを調べると、2001年頃には既に「神奈川県内における有数の心霊スポット」として「サザエさんの家」が扱われている事が確認できる。
* 廃屋となった由来
o 廃屋となった由来については「かつて住人が皆殺しにされた」(皆殺しとなった理由については特に定説はない)というものがほとんどであるが、中には「ただ単純に地権者側の相続問題で無住になっているだけ」という実態をある程度継承した伝承もある(ただし、相続問題によって無住になっていると、地権者側が積極的に公開しているような事実は見られないので、これも口コミなどを介して広まった伝承である可能性が高い)。
* 心霊現象と言われる話
o これについては多種多様な話が伝わっているが、よく見られるものとして「夜中に武者が徘徊する」「秘密の地下室がある」「特定の条件下において別の幽霊屋敷が出現する」というものがある。また「室内に人形が散らばっている」「実は人が居住している」など、付近にある他の幽霊屋敷伝承と混同された物も多い。

この廃屋は地権者側の都合によって30年以上前から無住のまま放置されていたにすぎなかったが、いつの頃からか怪現象が起きる、幽霊が出るなどさまざまな噂がささやかれるようになった。そして「幽霊屋敷」として一部で知られるようになり、全国各地から多くの者が心霊スポットとして肝試しに訪れるようになった。この廃屋は私有地であったので関係者以外の立入は禁止され、敷地は塀や有刺鉄線で囲まれていたが、かえって廃屋にいわくがあるという噂を広める結果になり、肝試しを目的として敷地内部へ侵入する者も後を絶たなかった。

さらには敷地内に立ち入るだけでは飽き足らず、建物などに落書きを行ったり、深夜に騒いだりする者も多く、周辺住民に迷惑がかかる事も多かった。地元では2003年に起きた不審火もこうした心無い人によって引き起こされたものだとする見方もある。
36名が水死したこの大惨事は、戦禍で亡くなった人々の亡霊の仕業である、というもの。
北海道・真駒内駐屯地や旭川駐屯地では、終戦記念日(8月15日、1945年に玉音放送のあった日)の深夜0時頃に軍靴の音が聞こえてきて、営門前で左向け(右向け)止まれの号令後に整列し、起立し姿勢を正した隊員達に向かって敬礼し、その後で師団司令部の隊舎に入り、階段(廊下)の鏡の中に入る、というもの。
六甲は有名な心霊スポットで、多数の幽霊話が伝わる。また、件が出るともされる。
陸軍の無謀な演習の結果、多数の犠牲者を出した事で有名な、青森県八甲田山に兵士の亡霊が出る、というもの。
静岡市日本平の有料道路上に実在する歩道橋に纏わる噂。以下はその代表的なもの。

ハイキング中の親子に暴走車が突っ込こみ、子供だけが死亡した。それ以来、同地点で事故が多発した為、子供の霊が道路を横断し、家に帰れるようにと歩道橋を設置したところ、事故は激減した。

片側には「遊木の森」という施設があるが、反対側は獣道同然で、歩行者は皆無に近い。昔はキャンプ場があったから、との説もあるが、設置に至る経緯は不明。他にもワンピース姿の女性の霊の横断等が噂される。
杉沢村伝説 (すぎさわむらでんせつ)は、青森県に“あった”とされる村にまつわる都市伝説の一つ。

「かつて青森県内のとある山中に杉沢村という村があった。昭和初期のある頃、突然発狂した村の青年が村人全員を殺して自らも命を絶つ、という事件が起きた。村人がいなくなり機能を失った村は、隣村(=現青森市域とされる)に編入されて廃村となり地図からその名を抹消され、さらに県の公式文書からも杉沢村に関する記述は全て消去された。しかし、その後も廃墟となった家屋はそのまま存在し、悪霊の棲み家となっている。そこを訪れた者は二度と戻っては来られない。」という伝説である。

「杉沢村」の特徴としては、諸説あるが、概ね次のようなものがあるとされる。

* 入口に朽ちた鳥居がある。
* その根元にドクロのような石(岩?)がある。
* その近くに「ここから先へ入る者 命の保証はない」と書かれた看板がある。
* 鳥居を跨いで奥へ進んでゆくと廃墟と化したかつての住居があり、その内部では事件の惨劇を物語る血痕のようなものが多数見受けられるという。

この都市伝説は元々、青森県の一部のみで知られていたものである(ただし、信憑性は低い)。その後インターネット上で噂が広まり、2000年8月24日放送のフジテレビ系の番組『奇跡体験!アンビリバボー』の特番で取り上げられたことで全国的に有名になった。また、杉沢村を題材にしたビデオや漫画なども多数発売されている。

ところで、杉沢村という村(集落)が過去、青森県内に存在したことは確かである。ただし、正確にはその村は「杉沢」ではなく「小杉」(現在は青森市の市域となっている)という名前である。小杉は青森市郊外にある「小畑沢」という地区の小字で、

* 「小杉へ行く」という意味で地元民が「杉さ行く」と言っていたのがだんだん「杉沢」になった。
* 杉林の中を沢が流れていた。

など説は多々あるが、小杉地区を通称として「杉沢村」と呼んでいたのは事実らしく、また小畑沢地区は現在は廃集落となっている。しかしその村がなくなったのは、大量殺人などではなく過疎により定住者がゼロになったためである。実際、青森県内で過去(明治以降)に杉沢村事件(便宜上こう呼称する)のような大量殺人事件があったという記録はない(ちなみに最も犠牲者が多かった事件は、昭和28年(1953年)頃に発生した一家8人惨殺事件である)。またこの杉沢村事件が昭和13年(1938年)に岡山県で発生した津山事件に酷似していることから、最近では杉沢村伝説は津山事件が青森に飛び火して出来た、という説もある。

なお、この杉沢村事件が横溝正史の小説『八つ墓村』(の冒頭の「発端」で語られている事件)のモデルになった、と言われることがあるが、『八つ墓村』のモデルとなったのは前述の津山事件である。また、森村誠一の小説『野生の証明』の冒頭で描かれている「東北の“味沢村”村民を自衛隊員が皆殺しにする話」に関して杉沢村伝説との類似を指摘する人もいる。

ちなみに、青森県内には、青森市内(旧浪岡町)や南部町(旧福地村)、三戸町などに「杉沢」という集落・地名があるが、この「杉沢村」とは無関係である。

この話が前述の通り社会的に十分に流布した時期に、独自に杉沢村を調査・捜索する者(あるいは集団)が出現した。 それらの多くは主に廃墟マニアや、肝試しを目的としたオカルトファン層だったとされる。ただしこの際に杉沢村を発見した、と主張する報告は伝説の解釈に強引な面が多々あり、信憑性は薄いものがほとんどである(また、この都市伝説には現地への道筋を示すキーワードが各種メディアから配信されていたが、いずれも抽象的であったりそれぞれ内容も異なるなど信用に足るものではない)。

余談ではあるが、一般的に最も広く知られている「杉沢村跡地」とされる場所は廃村ではなく個人の私有地である。
これらは都市伝説として語られる犬鳴村であるため、実在した旧犬鳴村や宮若市犬鳴地区とは一切関係がなく、そのような村は実在しない。

* 日本の地図から完全に抹消されており、自給自足で暮らしている。
* 犬鳴村の入り口に『この先、日本国憲法通じません』という看板がある。一説には『江戸時代以前にその村の住民は激しい差別を受けたため、外からの交際を一切遮断し、自分達で暮らしている』とされている
* 若いカップルが面白半分で犬鳴村に入り、入り口を少し進んだ所で惨殺された。傷跡は刃物によるものであった。
* 閉ざされている空間であることから、近親交配している可能性が高い。
* 近くのコンビニエンスストアにある公衆電話は警察に通じない
* 入り口から少し進んだところに広場があり、ボロボロのセダンが置いてある。
* 戦前に興味本位やからかいに来た観光客がいたため、その為憲法が通じないという標識をはった。
* 村人は足が速い人が多い。
* 入り口を進んだところに小屋があり、その中には今までに殺した人の骸が山積みにされているという。
* 現在、旧道犬鳴トンネルには柵がしてあり、入るには乗り越えるしかないが、乗り越えたところに紐と缶の仕掛けが施されてあり、それに引っかかると大きな音が鳴り村人が出てくる。
四谷怪談は実話であり、出演する役者がお岩の墓に参らないと必ず不幸に遭う、というもの。その他にも「出演した役者や関係者が呪われた」、「幽霊を見た」という噂が多数伝わっている。
これは作者の鶴屋南北が演出の為、意図してその類の噂を流した事にさらに尾鰭がついて現代まで伝えられたものと思われる。史実のお岩と夫は実に仲の良い夫婦であったと言われている。
ただし、それもお岩稲荷の参拝客を増やすためのでっち上げだったのではないか?と史実的な面から否定する仮説も存在する。現在、東海道四谷怪談やそれに関連する舞台、テレビ番組を行なう際は関係者が御祓いを予め受ける慣習がある。
子供の頃は誰も皆、霊や妖怪が見えていた、というもの。「赤ん坊が誰もいない部屋の一部を凝視し、見えない何かの動きを目で追った」、「幼子が知る由も無い故人と会ったと語った」等の話は枚挙に暇が無い。
真夜中の学校で黒ずくめの男が階段を登ると、階段が一段ずつ消えていく、というもの。
夜(あるいは夕方)に学校の階段を登ると、後ろから指が付いてきて、追いつかれたら指をもがれる、殺される、というもの。杉並区や中野区で流行した。
ある番号にかけると、無言のまま一方的に電話を切られる。その日のうち、若しくは数日以内に真夜中の丑三つ時の前に黒い服を着た男が家に来て、「あなたを殺しに来ました」と言い電話した人を殺す、というもの。それを見た人も殺される、と続く事も。
急病で亡くなった少女の遺品を整理していると、一枚の奇妙な写真が出てきた。少女が友人二人にはさまれて写っているのだが、少女の容姿がこの世のものとは思えないほど奇妙な姿になっていた。不審に思った両親が霊能者に問い合わせたところ、霊能者は口を重くして「残念ですがお子様は地獄へ落ちました」と言った、というもの。
大雨が窓を叩く音がする。しかし後で外に出てみると雨が降った形跡が全く無かった、というもの。
角膜移植手術を受けたその日から、時折車のナンバープレートのビジュアルが脳裏に浮かぶ様になる。不思議に思い調べたところ、角膜の提供者は轢き逃げ事件で亡くなっている事が判明。角膜に写ったナンバーの車の持ち主を取り調べたところ、犯行を認め、事件が解決したというもの。手塚治虫の漫画『ブラック・ジャック』や乙一の小説『暗黒童話』にで、同様のエピソードが登場する。
死亡すると角膜や網膜に最後に見えた風景が残る。臓器移植を受けた人に臓器影響者の記憶が一部移る。等とする話もあるが医学的な根拠はない。
就寝中に金縛りにあい、同時に異様な気配を感じる。怖くなって必死に「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…」と唱えていると耳元で声がした。「…そんなの無駄だよ」。
2001年8月31日放送の『ライオンのごきげんよう』で、林家いっ平が、金縛りに遭った上、何者かに腕を掴まれる。目を凝らすと男の顔が見えたので「『南無阿弥陀仏』など様々な言葉を必死に唱えたが、男に耳元で「そんなんじゃ効かないよ…」と言われて気絶してしまった。翌朝目が覚めてみると、自分の脚に手の跡がついていたという体験談を語っている。
水田や畑などに現れるという正体不明の物体。白っぽい色をしており、くねくねと揺れる、あるいは踊るように動く。目撃時、それが何であるか理解してしまった者は精神に異常をきたすという。
夜道で背の高い一人の男と出会う。男はいきなり「君は悪魔を見た事はあるかね?」と尋ねてくる。「悪魔は俺の心の中にいるぜ!」と答えると、男はこの世ものとは思えない不気味な声で笑いこう言った。「それはやはりこんな顔をしているのかね?」…翌朝、恐怖に歪んだ形相の死体が発見された、というもの。
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