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隠しボスキャラクター・エスタークを、数ターン以内に倒すと仲間にできるというもの。ターン数は噂によって多少異なる。実際には仲間にはならない。PS2版でも仲間にはならないが、エスタークを倒した後に自称エスタークの息子「プチターク」が仲間になる要素が追加された。
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1985年、『スーパーマリオブラザーズ』はワールド9まであるという噂が当時の小学生を中心に飛び交った。ゲーム雑誌「ファミリーコンピュータMagazine」で、一般人からの投稿「雷のショックでワールド9が出現した」との内容でテレビ画面をカメラで撮影した写真が掲載。この噂はたちまち広がっていき、他の雑誌もワールド9の情報を後追いで掲載した。各誌に掲載されたワールド9の画面写真は、「マリオが地上で泳ぐ、ブロックが珊瑚に変化している、土管の色が違う」など他のステージではありえない事だらけであった。その衝撃的な印象からさらに追求が拡大し、後も他のワールドを発見したりとワールド9だけに留まらなくなっていった。そして、最終的には256種類のワールド(正規の合計32ワールドを含む)が存在することがわかった。これらの追求によって「発見」されたステージは通称「アンダーカバー」や「256ワールド」、「256面」などと呼ばれることとなった。以下、本項ではこれらの面の表記を「アンダーカバー」で統一する。

当時アンダーカバーを出現させるために、下述のような本体・カセットにダメージを与えかねないイレギュラーな操作を行うユーザが続出し、「ファミコンが壊れた」という問い合わせが雑誌社に掛かるようになった。そのような中、「ファミリーコンピュータMagazine」がアンダーカバー出現原因をプロデューサーである宮本茂にインタビューし、原因は「ノイズ」だという事が発表された。同時に、正常な動作ではなくファミコンを壊す危険もあるという警告が正式になされたことでこの騒動は収束することとなった。


アンダーカバーの出現方法として最初に発見されたのは、「『スーパーマリオブラザーズ』のカセットを電源を切らずに抜き、そのまま『テニス』のカセットを差し込んでリセットし、テニスを暫くプレイした後、同様の操作をして『スーパーマリオブラザーズ』に再度交換し、リセットした上でAボタンを押しながらスタートする」という方法だった。これが上述の「イレギュラーな操作」である。勿論、カセットは本体の電源を切ってから抜くのが正しいやり方で、電源を切らずに行うのは当然本体やカセットを壊す危険性がある。

次にもっと確実なやり方として発見されたのがファミリーベーシックを用いる方法である。これは、ベーシックのPOKE命令によりメモリを直接操作する方法であり、具体的に数字で指定できるので管理がより容易であるが、やはりイレギュラーな操作であることには変わりはない。

その他としては、トンカチエディタ等のゲーム改造ソフトを使いワールド選択時のリミッターをはずすという手法もとられた。またエミュレーター上ではチート機能を使ってアンダーカバーを出す方法もある。これは壊す危険性は無いが、法律上の問題がある。


アンダーカバーは、プレイ中のワールド位置を保存しているデータアドレスが想定外の値をとることにより、本来ステージマップが記述されている部分以外のメモリ領域がステージマップデータとして認識・表示されることによって出現する。

上記「テニス」を使った方法は、「テニス」におけるプレイヤーの歩数が格納されるアドレスと『スーパーマリオブラザーズ』でのワールド位置アドレスが偶然同じであったために起こったものであり、ファミリーベーシックを用いる方法は意図的にそのアドレスを指定して書き換えてしまうというものである。

下記で述べる「WORLD -1」の出現原理も同様であり、この場合、ワープゾーンへの侵入判定を回避した場合の土管の行き先指定が異常であるため、ワールド位置アドレスが想定外の値を取るものである。

以上の原理をふまえた上で先述の「ノイズである」という宮本の見解を解釈するならば、作者の予想外のメモリ領域へのアクセスで発生しているという事実を、素人にも分かり易く一言で表そうとした発言と見ることができよう。

アンダーカバーは、意図して設計されたものでないので当然であるが、クリア不能なステージが非常に多い。後述の「WORLD -1」のように土管に入るとスタート地点に戻ってしまう(すなわち、先に進めずタイムアップを待つのみとなる)ものや、スタート地点に足場がないもしくは残りタイムが最初から0のために自動的に死んでしまうもの、あるいは単にフリーズしたり画面が出なかったりと多くのパターンがある。また正規ワールドと異なり、ワールド内のステージ数は4面でないワールドが多い。1面しかないワールドもあれば、10面以上(最大19面)に及ぶワールドもある。

一方で通常コースと同じ、あるいは通常コースの地下・水中バージョンなど、クリアできるステージも存在する。ただし、ボーナスステージには行けない(土管に入るか豆の木に登るかするとスタート地点に戻ってしまうため)、ミスした場合の再スタート地点が正規ステージと異なるステージもある、ワープは-1か5ワールドへのワープとなる、1-1同等のコースでは本来の1-1では登場しないパックンフラワーが出るなど、正規ステージとは異なる部分も多い。

アンダーカバーの中には、カセットの抜き差し等を使わず通常のプレイ中に裏技で行けるものが存在する。「WORLD -1」が代表的なもので、これは1-2において正規ゴールにつながる出口土管の背後にある壁を、後述する特殊操作ですり抜けることでワープゾーンへの侵入判定を狂わせ、それに伴ってワープの行き先を異常にするというものである。これを利用して通常出現し得ない「WORLD -1」等へ行くことができる。ただし、リメイク版の『スーパーマリオコレクション』では修正され、「WORLD -1」へ行くことはできなくなっている。なお「WORLD -1」への突入方法を公開したのはゲーム誌「ハイスコア」が最初である。

この「WORLD -1」は通称「-1ワールド(マイナスいちワールド)」、「-1面」、「マイナス面」「ワールドンの1」などと呼称されるが、これは正確には36ワールドの1エリアであり、数字に直すと「36-1」となるべき面である。しかし、ワールド数の表示幅が1桁しかなく10以上の数は記号に化けてしまうこと、さらに、36に割り当てられた記号がたまたま空白だったことにより「WORLD □-1(□は空白)」と表示されているのである。

実行する方法は大きく分けて2つあり、1つは1-2の地上出口にあたる土管にもぐらず、その上の天井のブロックを1つだけ残し、スーパーマリオまたはファイアマリオでBダッシュし、ジャンプ直前でしゃがんだ状態を保ちながら壁に向かってジャンプする『しゃがみジャンプ』という方法。マリオの体が壁に当たり一瞬止まった状態で下ボタンを離すとマリオが立ち上がった状態になり、そのまま壁を突き抜けてワープゾーンのある土管地帯へ出られる(いわゆる壁すり抜け技)。成功すれば「WELCOME TO WARPZONE」の文字が現れず、土管のパックンフラワーが生きているままの状態となり、左右の土管に入ると-1へたどり着く(中央の土管はワールド5へ行く)。または、先述の「右寄せ」を用いマリオを画面右端に寄せてからワープゾーンに行き、ワープゾーンの文字が出ていない状態で、パックンフラワーに触れないようにしながら左右の土管にもぐると-1ワールドにたどり着く。アーケード版では地形上、後者の方法のみ使用可能。この他、通称「悪魔の技」という壁すり抜け技を使用する方法もあるが、通常のプレイでは現実的ではない。原理としては、ワープゾーンのデータ内容が4-2に登場する「(空白)、ワールド5、(空白)」のものとなってしまうため、左右の土管に入ると空白ワールド(表示上は-1)へワープしてしまう。

ROMカセット版・アーケード版・ディスクシステム版では出る面の構成が違うことが報告されている。ROMカセットでは7-2のような海、アーケードでは5-2のボーナス面のような海が延々と続くが、ディスクシステム版では、-1面は1-3と同一地形の水中面、-2面は下からプクプクが飛び上がってくる7-3風のつり橋、-3面は4-4が1-2風になった地下面という構成となっている。-3面では普段水中にいるゲッソーが空中を飛んでおりマリオがゲッソーを上から踏めるようになっている。-3面をクリアすると、8-4をクリアしたのと同じようにエンディングを迎える。これはファンサービスとして、移植の際故意に変更されたものともいわれているが、単純にロムカートリッジとディスクのデータ領域が異なるために違うワールドが出現しているだけという見方もある。

ちなみに、1986年に発売された『スーパーマリオブラザーズ2』では、正式な仕様として、ワールド1から8までワープゾーンを一切使用せずにクリアすると「ワールド9」が出現する。このワールドは、地上風の水中面や旗の直前に出現するクッパなど、アンダーカバーを意識したような特殊な構成となっていて、一種のファンサービスともいえる。





漫画『ファミコンロッキー』には架空の裏技が多数登場したが、掲載誌が幼年向け雑誌であったことから信じてしまった者も多数いた。有名なものとして、『スパルタンX』でシルビアが襲ってくる、『スターフォース』のゴーデスのそばにピラミッドが埋まっている、等がある。
『ゼビウス』の破壊不能とされる敵「バキュラ」は、弾(ザッパー)を256発撃ち込むと撃破できる、というもの。『マイコンBASICマガジン』1983年12月号の別冊付録にも記載されている。各敵キャラの設定値を解析した者が「最上位ビットが1であるバキュラは256発当てれば破壊できる」と誤解したのが発端とされる。このビットは「破壊できない」ことを意味するフラグであり、開発者も「破壊できない」と公式にコメントしたが、実際に256発撃ち込む事自体が難しい為、根強く流布した。当時ゲーム攻略同人誌を発行していた田尻智は、「噂の真相を探ろうと各地のゲームセンターを尋ね回った事が逆に噂を広める結果となってしまった」と著作で述べている。
ちなみに続編『スーパーゼビウス・ガンプの謎』ではスーパーザッパーを使う事でバキュラを破壊できるようになった。
またRPG『テイルズオブシンフォニア』でも256回攻撃しないと倒せないモンスターとしてバキュラが登場。またコナミの『極上パロディウス?過去の栄光を求めて?』にもバキュラをオマージュした敵が登場し、これまた弾を256発当てる事で破壊できる(この際、「あと何発で倒せる」との表示もされる)。
1992年に『ウルトラセブン21』というセブンシリーズの特撮番組が製作予定され、異例の「雑誌でのオーディション募集」が行われたが、応募者が少なく合格者なしとなり、お蔵入りになった、というもの。1996年頃、TVチャンピオンの「特撮クイズ選手権」でこれが事実であると語られた、との説も。
なお、「ウルトラセブン21」というキャラクターは実在し、2000年発売のビデオシリーズ『ウルトラマンネオス』に登場する。
喪黒福造が「ドーン」をしたその瞬間に相手が喪黒の顔面を殴った。すると、喪黒の顔面が割れ人間ではない本来の姿をさらけ出した、というもの。実は「ドーン」の右手一指し指が『本当の顔』である、と続く。
原作『黒ィせぇるすまん』を含む単行本全6巻にはそのようなシーンは収録されていない。
核のボタンを誇示する「将軍」の周りにはボンデージ姿の取り巻きの女性達といった描写などが北朝鮮のかの将軍様をモデルとしたものであるとの噂。『北斗の拳』の「死のブーメラン」に登場するゴッドランドの首領「カーネル」が、彼のかつての上官である「将軍」が利益確保の為に核のボタンを押した張本人だと回想するシーンより。
原作者の武論尊氏自身が自衛隊出身という事もあり世界情勢や軍事関連に関して一般人よりも情報を持っていた為と言われている。
「数年前まで本物の『地獄通信』があった」というもの。「作中と全く同じアドレスだった」、「実際に人が行方不明になっている」、「噂が広まってしまった為ネットポリスが削除し、現在は存在しない」と続く場合も。
漫画『テニスの王子様』は連載を重ねていくにつれ、キャラクターたちの常人離れした描写が目立つ様になり、テニス団体から連載誌の週刊少年ジャンプ編集部及び原作者の許斐剛に「これはもはやテニスではない。だから「テニス」という名称を使わないで欲しい。それでも使いたいというのなら「テニヌ」か「超テニス」にして欲しい」というクレームが来たという噂。「これは一種のギャグ漫画である」と揶揄され始めた頃から広まったもの。
噂の元はこのウソニュース記事だと思われる(記事中に登場する「全日本テニス振興会」という団体は実在しない)。
夜に爪を切ると親の死に目に会えない

と言われているが、

夜に爪を切るときは「猫の爪」と言いながら切れば大丈夫だというもの。


「自分の爪を切っているのではなくて、猫の爪を切っているんですよ」

という意味をこめればOKというもの。
『ドラゴンボール』の続編『ドラゴンボールAF』シリーズがあるとする説:日本での認知度は低いが、米国等ではファンによる同人的作品が横行しており、その中にこの題名の物が実在する。又、インドネシアでは原作者の監修・承認を得ていないオリジナルストーリーが出版社から単行本化されたが、人気は続かず中途半端な形で終了となった。
正規作品は単行本42巻、アニメは『ドラゴンボールGT』までである。
普段は幼児語しか話さないイクラちゃんが、一度だけ普通の言葉を話した、というもの。
結論は、

ドラえもんには最終回に相当する真正のエピソードが3本存在する。
理由
未完である『ドラえもん』に最終回が存在する理由の一つは、連載されていた学年誌は毎年3月で読者が進級して読まなくなる(1学年上の学年誌を読み始める)ため、当時『ドラえもん』が連載されていなかった『小学五年生』を新たに購読する事になる、『小学四年生』3月号読者への配慮であったと思われる。
実際に当時の他の学年誌連載作品でも、毎年4月号には新たに購読を始める新学年生のために『第1話的』な内容を書き、年度末の3月号には『最終回的』な内容の物語を掲載することが慣例的に行われていた。
当初はこのような事情もあって最終回を執筆した藤子であったが、後に『小学五年生』・『小学六年生』にも連載が拡大されたことや、単行本が発売されたこともあり、ドラえもんについてはこの趣旨に則って書かれた最終回は2本だけで、以後は3、4月号ともに通常のエピソードを掲載するようになった。
またこの結果、二本目の最終回を読んだ読者は、『小学六年生』からまた読めることになった(『小学五年生』購読の一年を空けて)。そのため『小学五年生』3月号で、ドラえもんがのび太の元へ帰ってくるという1ページ漫画が掲載された。
また、2006年9月1日の「ドラえもん誕生日SP」でも、ドラえもんが引退するかもしれないというストーリーが放送された。なおこの話は下に示すものとは違い、「ションボリ、ドラえもん」(TC24巻)と「ハツメイカーで大発明」(TC30巻)の2つを原作にしている。


●藤子・F・不二雄による最終回として書かれた作品
『小学四年生』1971年3月号(てんとう虫コミックス未収録)
ドラえもんによると「未来からの渡航者たちのマナーが非常に悪く、過去の人間に迷惑をかけるために過去への渡航が禁止となり、ドラえもんも帰らねばならなくなった」のび太は泣いて止めるが、否応なしにドラえもんは未来へと帰っていったというストーリー。
『小学四年生』1972年3月号(同上)
のび太が自転車に乗れない事でドラえもんに道具を出してもらいに行ったところ、ドラえもんが未来へ帰らねばならなくなったというストーリー。帰る理由は、ドラえもんに頼りっきりののび太の自立心を養うため。のび太は泣いて止め、困ったドラえもんとセワシはのび太にウソをついて帰ろうとするが、のび太がそのウソを素直に信じ、ドラえもんのために我慢すると言ったので、感激したドラえもんは正直にのび太に告げて、のび太もそれを受け入れてドラえもんは未来へと帰っていった(これが日本テレビ版のアニメの最終回のもととなった)。なお、この最終回には後日談があり、後述する通り1973年4月号より『小学六年生』にも連載が拡大されたため、その前月に当たる『小学五年生』1973年3月号に、再びドラえもんがのび太の元に帰って来るという形式の予告漫画が掲載されている。
この二つは連載雑誌が学年誌で読者が進級後に購読する『小学五年生』にはドラえもんが連載されていなかったため、年度末に最終回としただけであり、翌年度の『小学四年生』には『ドラえもん』が引き続き連載されている(1年後の1973年3月号には最終回は掲載されていないのは、1973年4月号より『小学五年生』『小学六年生』にも連載が拡大されたためである。同年4月から日本テレビ版のアニメが放映されることが決まっていたためという説もあるが。なお、上記二つと同様のケースに当たるはずの『小学四年生』1970年3月号掲載の『けんかマシン』(藤子不二雄ランド1巻収録)は最終回的な話ではない)。

下記に記載した3本目の最終回は、一般には一時は本当に最終回になる予定のものであったといわれているが、後述の通り真相は不明である。

『さようなら、ドラえもん』(『小学三年生』1974年3月号(掲載時は『未来の世界に帰る』)・てんとう虫コミックス6巻に収録)
いつもの通り、ジャイアンにいじめられて帰ってきたのび太。ドラえもんに甘えるが、ドラえもんは未来に帰らなければいけなくなったとのび太に告げる(理由は不明)。最初は泣いて引き止めたのび太だが、パパとママに説得されてこれを受け入れ、最後の夜に二人で夜の散歩に出かける。涙をみせまいとしたドラえもんと途中で別れたのび太は夜中に寝ぼけて徘徊するジャイアンに出会い、喧嘩になる。ジャイアンに何度も何度も倒されるが、ドラえもんに頼ることなく自分がしっかりしないとドラえもんが安心できないと、必死でジャイアンにつかみかかり、ついに最後には自分の力のみでのび太はジャイアンに「悪かった、おれの負けだ、許せ」と言わせる。そこに駆けつけたドラえもんはボロボロになったのび太を担いで家に帰った。眠るのび太の横顔を涙ながらに見守っていたドラえもんは、朝の陽光が差すときにはもういなかった…。
1997年にテレビ朝日系で放送されていた歴史バラエティ番組「驚きももの木20世紀」内で、当時の小学館の担当者が経緯を説明したところによると、この話は前年に日本テレビ版のアニメが終了したことや作者が新しい連載(『みきおとミキオ』など)を抱えていた事情などがあり、一時期は本当の最終回にするつもりで構成したものの、次の作品を考えていても作者はドラえもんの事が頭から離れず、思い直して『帰ってきたドラえもん』を構成、翌月号である『小学四年生』4月号に掲載されてドラえもんは続けられたとのことであった。この二作品を合わせた話が『帰ってきたドラえもん』として1981年にTVアニメ化、1998年に映画化されている。しかし雑誌掲載時は「4月号に続く」と書かれていたため、本当に最終回とするつもりが思い直したのか、最初から続くつもりで描かれたのかは不明。また、当時『ドラえもん』は『小学一年生』から『小学四年生』まで連載されており、『小学三年生』にだけ最終回が掲載されるというのも不自然とも言え、真相は不明である。

●『帰ってきたドラえもん』
(てんとう虫コミック7巻収録)、(アニメ版は1981年1月3日放送、海外版では未放送)
ドラえもんがいなくなった後、暗い毎日を過ごしていたのび太だったが、ついに気をとりなおして明るく暮らすことを決意する。外へと繰り出すと突然ジャイアンが現れ、のび太にドラえもんを見かけたという。ドラえもんが帰ってきたのだと思ったのび太は大はしゃぎだったが、しかしその日は4月1日。つまりドラえもんを見かけたというのはエイプリルフール、すなわち『四月バカ』の嘘だったのだ。
残酷な仕打ちの嘘にだまされて泣いているうちに、のび太はドラえもんが「ぼくが出て行った後、どうしても我慢できないことがあったらこれを開け」と言って残して行った、ドラえもんの形をした箱を思い出す。これを開ければそのときに必要なものが出てくるというのだ(アニメ版では“使えるのは一度だけ、開封の瞬間が最初で最後”と説明されている)。出てきたのは、しゃべったことが嘘になる、つまり、しゃべったことと逆の事柄が起こる飲み物「ウソ800(うそえいとおーおー、元ネタは『嘘八百』)」。これを飲んで、のび太はジャイアンやスネ夫に嘘をついた仕返しをする(「今日は良いお天気だね?」とのび太が二人に言うと大雨が降り、「大雨だね」と言うと日本晴れになったり)。しかし、仕返しを終えると虚しくなってしまい、「ドラえもんは帰ってこないんだから」、「もう、二度と会えないんだから」と独り言をいう。
部屋に戻ると、奇跡が起こった。そこにはドラえもんがいた。ウソ800を飲んでいたので、先ほどの「ドラえもんは帰ってこないんだから」、「もう、二度と会えないんだから」という独り言が嘘になり、「ドラえもんが帰ってくる」、「また会える」という事になったのだ。のび太は「うれしくない。これからまた、ずうっとドラえもんといっしょにくらさない。」と逆さ言葉で再会を泣いて喜ぶのだった。
この話が本来のテレビ朝日版の最終回(本来1本15分がその話のみ15分に分割した1本30分放送になっていた。)になるはずだったが、その後、「最終回にしないで」という反響を呼び、この最終回は幻になった。その後1994年と1997年のスペシャル放送でその最終回になるはずだった話を2回再放送され、映画版でも同時上映作品としてリメイクされた。

なお海外ではこの回だけ放送しない方針を藤子プロが取り、海外では未放送である。ちなみに同局で爆笑問題の出ていた単発バラエティ番組で海外の人にも見せた事がある。よく、幻の最終回などとして紹介されているものの、日本では「ドラえもんコレクションスペシャル 春の4」というDVDに収録されており比較的容易に入手が可能である。

●日本テレビ動画版アニメにおける最終回
ドラえもんのアニメは、現在テレビ朝日系列で放映されているシンエイ動画版以前に、日本テレビ・日本テレビ動画で製作された、通称「旧ドラ」がある。

このシリーズは2クール52話26週で完結したため、「最終回」が描かれている。内容は、自転車が漕げなかったのび太が泣きながら自転車を漕ぐ練習をするところを、未来の世界から見守るところで物語が終わるというもの。原作において発表された3本の「ドラえもんの最終回」のうち、単行本未収録の1本を映像化したものである。

日本テレビ版ドラえもんの最終回では、最後の放送だったにもかかわらず、いつもの放送の最後と同じセルで「次回をお楽しみに」というアイキャッチを表示した(前週までは「次週お楽しみに」)。これはただの手抜きやミスではない。日本テレビ動画再建と続編の製作を、「再びいつかドラえもんを……」という希望を込めて、スタッフたちはあえて、「次回お楽しみに」との言葉を表示したのである。
これに対し、テレビ朝日版では第1話に“ドラえもんが未来からやって来る”という原作第1話のエピソード『未来の国からはるばると』を避け、「ゆめの町ノビタランド」とした。ドラえもんがやってくるエピソードは後に特番で番外編的に描かれた。


●のび太植物人間説
1986年頃に一時期子供たちの間で流行した都市伝説であり、このチェーンメールの最終回はそれを少し改変したものである。内容は、「ある日、事故にあって植物状態になったのび太を、ドラえもんが天国へと連れて行く」というものや、「植物状態ののび太が見ていた夢」「実はのび太は心身障害者で、ドラえもんは彼による作り話(妄想・羨望といった派生型あり)」といったものである。ちなみに、「植物状態に陥った人物のうわ言がドラえもんのヒントになった。よってこのような最終回になった」という話を根拠にしたと推測されている。この最終回の噂はマスコミなどでも大きく採り上げられたため、原作者の藤子不二雄が正式に「流言飛語で根拠のないデマ」・「ドラえもんはそのような悲観的な終わり方にはしないつもりだ」とするコメントを発表する事態となった。

又、同じ植物状態説でも「動かないのび太にドラえもんが自分の全エネルギーを与え、自身の命と引き換えに助けた。その後、のび太が停止したドラえもんを抱きしめ、泣きながら『ドラえもーん』と叫ぶと、垂れた涙がドラえもんに当たった瞬間にドラえもんが復活し、オープニングテーマが流れスタッフロールが出てきてフィナーレ」というハッピーエンドになるものもある。ちなみにこのエピソードは1991年にアニメ化された『丸出だめ夫』の最終回ほぼそのままの話である。

●ドラえもんの開発者はのび太説
これは、一人のドラえもんファンが「自作の最終回」と明記した上で作成したオリジナルストーリーが、チェーンメール等により一人歩きしたものである。「電池切れ説」とも言われる。

ある日突然ドラえもんが動かなくなってしまった。未来の世界からドラミを呼んで原因を調べたところ、バッテリー切れが原因だと分かった。しかし、旧式の猫型ロボット(この場合はドラえもん)のバックアップ用記憶メモリーは耳に内蔵されているが、ドラえもんは既に耳を失っていたので、バッテリーを交換してしまえば、のび太と過ごした日々を完全に忘却(リセット、すなわち『消去』)してしまう事が分かった。バックアップを取ろうにも方法が分からず、開発者を呼ぼうとするも設計開発者の情報は訳あって絶対に開示されない超重要機密事項となっていた。

のび太は迷いの末、とりあえずドラえもんを押入れにしまい込み、皆には『ドラえもんは未来へ帰った』と説明したが、ドラえもんのいない生活に耐えられず、猛勉強をしてトップクラスのロボット工学者に成長する。工学者になってからしずかちゃんと結婚したのび太は、ある日妻となったしずかちゃんの目の前で、努力の末に記憶メモリーを維持したままで修理完了したドラえもんのスイッチを入れる。

ドラえもんがいつものように『のび太君、宿題終わったのかい?』と言い復活する。ドラえもんの製作者が明かされていなかったのは、開発者がのび太自身であったためだった。

以上があらすじであるが、「のび太は15歳で海外に留学した(飛び級で大学に入ったとする事もある)」、「修理には妻となったしずかちゃんが立ち会った」などの脚色が付け足されている場合もある。

●元々のオリジナルストーリーについて
 1990年代に学生であった、あるドラえもんファンが、作成したものである。彼は自分のホームページ(ファンページ)に、「僕が勝手に考えた ドラえもんの最終回(仮)」と言明し、公開していた。「ドラえもんには、藤子F不二雄先生作の最終回がちゃんとあります」とも明記していた。

 当時この学生は太陽電池の研究をしており、そこから思いついたストーリーであった(後述の山崎貴氏=映画『ジュブナイル』監督による)。

 ご本人が現在、このオリジナルストーリーの作者であることを積極的に公言しているかどうかは不明であるが、例えば2007年1月の東京新聞・中日新聞のコラム内で、彼の氏名や現在の職業は明記されている(その他インターネット検索でも知ることは出来る)。

●チェーンメール化・都市伝説化
 上記オリジナルストーリーの内容は、その後チェーンメールとして広まった。

 オリジナルストーリー作者は、この話がドラえもん最終話として一人歩きすることは全く望んでなかったと思われる。チェーンメール化されていることを知った彼は、自身のページに「このページの文を勝手に引用しないで下さい」「私の知らないところで話が一人歩きしていることに恐怖を覚えています」などのコメントを添えていた。さらにその後「チェーンメールはまことしやかに流布され、原作に対する権利の侵害、熱心なファンに対する冒涜であり、このような騒ぎになったのは私の責任」だとし、ファンページを閉鎖した。

 ただしその後もチェーンメールは真実の確認がなされぬまま流され続けた。

 鈴木蘭々などのドラえもんファンのタレントが、深夜番組などで「最終回は?(のび太発明者説)なんだって」等と語ったこともあり、広範囲に流布した。一部ではこれを真の最終回だと誤解した人もいたという。

 オリジナルストーリー作者は、チェーンメール化により非難を受けるなど、非常にナーバスになっていたこともあったとのことである(これも山崎氏による)。

●内容に対する評価
このオリジナルストーリーに、原作の設定との矛盾点を見いだし、批判する見方がある。

原作に出る高校生のび太は馬鹿なままだ
大学生のび太がタイムマシンでやってきた時、ドラえもんを見て何のリアクションも見せないのはおかしい
ドラえもんのエネルギーは食べたものを使う原子力エネルギーだからバッテリー切れをするのはありえない(原子炉のトラブルで22世紀に飛んで帰る話がある)
ドラえもんは1年に1回は22世紀へ行ってバッテリー交換をしていると漫画で紹介されたから、バッテリー切れなんてあり得ない
そもそも、耳は無くても生活に支障は無いと医師が公言している
「出来る範囲で頑張る」という作品の中で示されるのび太の成長が、「一生懸命頑張って立派になる」というように変わってしまっており、『ドラえもん』のテーマを完全に取り違えている
これらに対する反論ももちろんあり、例えば以下のような見方がある。

藤子・F・不二雄による原作の中でも主にタイムマシンなどの時間移動を伴う部分で随所に設定的矛盾がある
このほか、以下のような見方もある。

藤子・F・不二雄による原作にみられるのび太を「ドラえもんにいつまでも依存するのび太」と理解し、それを歯がゆく思う人たちに、このオリジナルストーリーが好まれた。(前記2007年1月の新聞コラム)









長期連載漫画にはつきものと言える都市伝説。口コミの他、同人誌でのパロディやネット上での創作が、真の最終回と誤解されて広まった。ドラえもんは「小学四年生」で三度最終回(『さようならドラえもん』ほか ドラえもんの最終回参照)が掲載されたが、その後連載を再開し、都市伝説として広まったストーリーは原作者自らが否定している。どちらも作品未完のまま原作者が亡くなっているので、原作者自らが意図した「最終回」は存在し得ない。
以下は流布された都市伝説の例。
『サザエさん』の最終回
一家の乗った飛行機が海に墜落し、家族はそれぞれの名前の海の生き物になった。
玉手箱を開けてしまい、今まで止まっていた時間が一気に進んでしまう。
時が経ち、波平は脳卒中で他界、マスオはリストラ、カツオは不良化し一家は路頭に迷う。
波平は認知症、マスオは愛人を作り、サザエはヒステリーで金属バットで魚をくわえたドラ猫を殴殺し、カツオは覚醒剤中毒、ワカメは売春婦となり、一家離散。
東京サザエさん学会は「磯野家の謎」でしりあがり寿が学生時代に書いたサザエさんのパロディ漫画「サザ江さん」が噂の元と推定している。続編の「おかわり」にはしりあがり寿へのインタビューも掲載されている。
エンディングでは両者共、元気に元の生活に戻っている様子が確認できる為、作品を最後まで観ていない者が言い始めたとする説が有力。幽霊・死亡説の根拠として、「サツキがネコバスに乗ってから、ラストまで人間と直接会わない」や「サツキとメイの光学的な影が物語の途中から無くなっている」があるが、実際は終盤に差し掛かっても影はあり、「無い」とされるカットも夜のシーンで解り難いがきちんと塗られている。同時上映の『火垂るの墓』と混同した可能性もある。
当作品の監督・脚本担当の宮崎駿は「お化け(まっくろくろすけやトトロ)を題材にしているが、怖い話ではない」という旨のコメントを、製作当初から公式に発言していた。
同作品が初めてテレビ放映された時、映画公開時には無かった別のエンディングシーンが流れたというもの。「パズーがシータの故郷に訪れるシーンがあった」、「シータが飛行石を暖炉に隠すシーンがあった」等、様々な証言がある。
制作元のスタジオジブリは、これを公式に否定しているが「実際に見た」という声が非常に多いのも事実。但し、目撃証言の多さに対して映像・画像等の物的証拠が一切無い事や、証言の多くが「私も見ました」の様な追従・同意的である事にも注目するべきである。又、『小説版・天空の城ラピュタ』や『未来少年コナン』に類似したシーンが見られる為、混同したという説や、放送時間の関係でエンディングをそのまま流せなかった為、テレビ局側で本編映像等の静止画を編集してクレジットを流したところ、まるで後日談かのように意味が通ってしまった、という説もある。
『ムーミン』は放射能で突然変異したカバのミュータントであり、スナフキンは人類の終末を見届ける為に生かされている最後の人間だ、というもの。
作品内(単行本20巻)にアメリカ同時多発テロを予兆したかの様な描写がある。2007年8月頃、作者の荒木飛呂彦が「溜池Now」(GyaO)で中川翔子と対談した際、「何故描いたのか覚えていない。無意識のうちに予知していた事も考えられるが、恐らく偶然だろう」と語っている。なお、荒木がこの噂を知ったのは2007年5月頃と、噂の出始めた時期と比べかなり遅かった模様。
過去8度の優勝年のうち、1954年・74年・82年・2006年と07年に総理大臣が交代している。
また「大災害・大事件が発生する」と言われる事もあり、実際に「1954年:第五福竜丸被爆、82年:ホテルニュージャパン火災、99年:東海村JCO臨界事故」等が起こっているが、取り立てて『特異な発生率』とは言い難いとするのが正論であろう。
2005年5月に中日ファンの森山周一郎がNHKテレビの中日・ヤクルト戦中継にゲスト出演した際、「中日が優勝した年にはろくな事が起きないと言われているので、今年は平穏無事に優勝したい」と発言したところ、これが「中日が優勝すると不吉な事が起こる」との意に受け取られ、240件の抗議が寄せられた(結局この年は阪神タイガースが優勝した)。
1985年、阪神タイガースのリーグ優勝が決まった際、ファンが道頓堀店のカーネル像を当時の助っ人・ランディ・バースに見立てて、店員の制止を聞かずに胴上げの末道頓堀川に投げ込んだことが社会問題となった。この事件以後、阪神は18年間もリーグ優勝から遠ざかったため、これを冗談めかして「カーネル・サンダースの呪い」だと呼ぶファンもいた。2003年にリーグ優勝を果たしたため、これで解消されたという見方もあるが、日本一に関して言えば未だ達成されておらず、未だに呪いが続いているという見方も少なくない。事件後、道頓堀店から一旦カーネル像は姿を消すが、1992年に復活。今度は盗難されないようにと台座をボルトねじで固定した。なお道頓堀店は、現在閉店している(関連項目・探偵!ナイトスクープ「カーネル像救出作戦」)。ちなみに、2006年夏に公開された映画「日本沈没」では、水没後の大阪市街にこのカーネル像が、阪神ユニフォーム着用のまましっかり存在している。

この事件を契機に他の店舗にも悪戯が多発し、像が誘拐され交差点の横断歩道前や地下道など街頭に置き去りにされたりした。中には、像を誘拐した者がカーネル・サンダースになりきって盗まれた店舗に電話し、店員が発信元の電話ボックスに急行したところ実際に像がボックス内に立っていたり、個人の自宅の庭先に置き去りにされたりするケースもあった。眼鏡やステッキといった部品単位で盗難される被害も多発した。以後、各店舗のカーネル・サンダース像はボルトやチェーンで固定されることになった。

「小さく前へ倣え」のようなポーズから、客が入店の際手に何かを持たせることもあり、雨の日には傘がかけられていたり、弓道の弓や釣竿、地域によってはスキーまで持たされていることがある。

2002年6月14日には2002 FIFAワールドカップでサッカー日本代表がチュニジアを下したことを祝った一部のフーリガンが、三宮阪急駅前店にあったカーネル像を襲った。かねてから店内に避難させていたにもかかわらず誘拐され、投げ飛ばされるなどし手首が折れるなどの損傷を受けた。また、この当時店内にはたまたま大阪近鉄バファローズ(当時)のタフィ・ローズが来店中であったため、サッカーファンの仕業である上、ローズに見立てられて襲撃されたと言われることもあった(なお、この事件以降サッカー日本代表はワールドカップ本大会で一度も勝っていないため、一部サッカーファンの間で「これもカーネルサンダースの呪いのせいだ」と囁かれている)。

なお、2008年3月22日に甲子園球場内野エリアへのケンタッキーフライドチキンの出店が正式に決まった。

リンカーン大統領とケネディ大統領の共通点(リンカーンだいとうりょうとケネディだいとうりょうのきょうつうてん)とは、アメリカ合衆国の2人の大統領、エイブラハム・リンカーンとジョン・F・ケネディの経歴などに見られる数多くの共通点のことである。

アメリカでは、テコムサの呪い(Tecumseh's curse)、ケネディ家の呪い(Kennedy Curse)等と結びつけて語られる事の多い話題で 、オカルト系の書籍で題材として取り上げられることも多い 。

この話題が取り上げられるようになった背景には、ケネディ大統領暗殺事件を検証したウォーレン委員会報告書の最終的な結論が一般人には理解し難いもので、憶測も含めて様々な陰謀説が各方面で囁かれ始め、マルコムXやキング牧師、ロバート・ケネディなどの暗殺事件が続発した当時の社会不安がある 。これらの社会不安と歴代大統領の中でも人気の高い2人を結び付け、商業主義に利用した面も否定できない 。

何らかの因果関係を見出そうとする人々がいることも事実だが、都市伝説の類で単なる偶然の一致とする説が一般的である。


●家族
家族
駐イギリス大使経験者
リンカーンの息子のロバートは1889年から1893年まで駐英大使を務めた。
ケネディの父ジョセフは1938年から1940年まで駐英大使を務めた。
リンカーン、ケネディともに4人の子供がいた。

●結婚と婦人
リンカーン、ケネディともに30を過ぎてから結婚している。
夫人は24歳前後
リンカーン夫人のメアリー・トッドは結婚当時23歳11ヶ月
ケネディ夫人のジャクリーン・ケネディ・オナシスは結婚当時24歳1ヶ月
夫人はフランス語を話すことができた。
メアリー・トッドは63歳、ジャクリーン・ケネディは64歳と結婚の40年後に死亡している。

●家族の悲劇
リンカーン、ケネディともに20代で亡くなった姉妹がいる。
リンカーンの姉サラは20歳で亡くなっている。
ケネディの妹カスリーンは28歳で亡くなっている。
リンカーン、ケネディともに大統領在任中に息子を亡くしている。
リンカーンの息子ウィリアムは1862年に12歳で亡くなっている。
ケネディの息子パトリックは1963年に生後2日で亡くなっている。
リンカーン、ケネディともに40歳まで生きた子供が1人しかいない。

●経歴
リンカーン、ケネディともに46年に初めての議会に選出された。
リンカーン - 1846年
ケネディ - 1946年
リンカーン、ケネディともに60年に大統領に当選した(就任も共に61年)。
リンカーン - 1860年
ケネディ - 1960年
リンカーン、ケネディともにジョンソンという副大統領がいた。彼らは08年生まれで、ともに南部出身だった。
アンドリュー・ジョンソン - 1808年生まれ
リンドン・ジョンソン - 1908年生まれ
秘書の名前
リンカーンにはケネディという名の秘書がいた(公式の記録には残っていない)。
ケネディにはリンカーンという名の秘書がいた。
リンカーン、ケネディともに黒人差別問題に深く関わっていた。
リンカーン、ケネディともに国が南北に分かれる戦争に関わっている。(リンカーンは南北戦争、ケネディはベトナム戦争)
リンカーン、ケネディともに死後、同名の空母が作られている。

●暗殺
暗殺された場所
リンカーンはフォード劇場
ケネディはフォード車(フォード社が製造する「リンカーン・コンチネンタル」)の上
暗殺日は祝日の前の金曜日
リンカーンは復活祭の2日前の金曜日。
ケネディは感謝祭の前の金曜日。
リンカーン、ケネディともに頭を狙撃された。
リンカーン、ケネディともに夫人が隣にいるときに狙撃された。
両方の事件の目撃者や関係者など事件に関わった多くの人々が不審な死を遂げたり、災いに巻き込まれている。

●暗殺犯
2人の暗殺者の生まれ年は39年である。
リンカーンを殺したブースは1839年生まれ
ケネディを殺したオズワルドは1939年生まれ
暗殺時
ブースはリンカーン暗殺時、劇場で殺し小屋で別の人物に射殺された。
ケネディを殺したオズワルドは教科書倉庫から逃げダラス警察所でルビーに射殺された。

●名前と文字数
リンカーン、ケネディともに5種類の文字を使用した7文字の姓である。
Lincoln
Kennedy
ジョンソン副大統領のファーストネームは6文字である。
Andrew Johnson
Lyndon Johnson
暗殺者はミドルネームも含めて知られており、文字数は全部で15文字である。
John Wilkes Booth
Lee Harvey Oswald

●異論
上記の例の中には、間違いや誤誘導、こじつけなどがあるという批判もある。

例えば、以下のような部分が上げられる。

リンカーンにケネディという秘書がいたという記録は存在しない(「ジョン」という秘書はいた)。
ブースの誕生年は1838年だとも言われている。
「夫人が隣にいる時に狙撃された」とあるが、公式の場でファースト・レディが隣にいる事はなんら不思議ではない。
そもそもオズワルドが犯人かどうかも疑問がある。
文字数の一致は都合のいい部分のみを切り取り、それを誇張して表現しているにすぎない。例えばケネディ、リンカーンは共通しているのは苗字のみであり、それ以外に共通しているものはない。また暗殺者の2人にはミドルネームを含めているにも関わらず、同じくミドルネームのあるLyndon Baines Johnsonは19文字となってAndrew Johnsonの13文字と変わってしまう。
アメリカの大統領選挙は4年ごとに行われているため、100年後に大統領となっても不思議なことではない。
銃を使う暗殺者が相手を確実に殺すために頭を狙うのは当然である。
復活祭の2日前、感謝祭の前日は単なるこじつけでしかなく、また金曜日である必然性もないので確率は1/7(2人の殺された日が同じ曜日である確率)となり、さほど珍しいものでもない。
100年の差を生まれ年から見るとケネディとリンカーンが違い、議員になった年から見るとジョンソンの2人が違う。つまり100年の差に基準がない、たまたま100年違いだったところを誇張しているだけである。
アメリカ海軍は就役空母に有名大統領や軍人の名をつけている(他にはジョージ・ワシントン、T・ルーズベルト、ハリー・トルーマン等の大統領の名をつけられた空母が7隻建造されており、ジョージ・H・W・ブッシュ(建造計画)もある)ので、両有名大統領の名を持った空母が就航していてもなんら不思議ではない。

●その他
1992年にサイコップは、他の大統領間の関係を調べるコンテストを開催した。このコンテストの入賞者は、ケネディとメキシコのアルバロ・オブレゴン大統領の間に16ヶ所の共通点を見出した。



既存店舗の意を受けた者が、排泄物等をばらいて コンビニエンスストアやパチンコ店等の新規開店を妨害する、というもの。
被害にあったとされる具体的な店舗名をあげて語られる事が多いが、この様な行為は犯罪(威力業務妨害・器物破損等)であり、実際に起こっていれば、そのインパクトも相まって大きく報道されるはずだが、多くの場合は文字通り「噂止まり」である。
新規開店ではないが嫌がらせとして風俗店にバキュームカーを乗り付けて汚物を店内に噴射した事件は実際に発生しており、泉麻人の『B級ニュース図鑑』(新潮文庫、1990年)でも新聞記事を引用し紹介されている。
ある女性が、仕事からの帰り道、黒い服を着た男が走っていく姿を目撃する。

その翌日、女性がテレビを見ていると、自宅の近くで殺人事件があったことを知る。同じ日、制服の警察官がやって来て"この近所で殺人事件があったのを知っていると思うが、何か知らないか"と、聞いてくる。女性が何も知らない、と返答すると、警官は、"事件のせいで警戒が強化されており、自分はパトロールでこの付近を巡回しているので、また後日同じ時間に尋ねるから、思い出すことがあったら教えてくれ"という旨の言葉を残して去っていく。

翌日も、翌々日も、その翌日も、決まった時間に警官は来る。女性は仕事熱心で立派な警察官だと思いつつ、やはり知らないと答えていた。

そんなある日、警官が帰った後、女性は事件の日に不審な男を見たことを思い出す。明日警官が来たらその事を話そう、女性はそう思う。

次の日の朝、女性がテレビを見ていると、例の事件の犯人が捕まったとのニュースが流れる。だが、女性は犯人の写真を見て愕然とする。捕まった男は、自分の家に聞き込みに来ていた警察官だった、若しくは、警察官に扮装して、女性が事件に関係する事を思い出さないか監視し、もし思い出せば口封じに殺害してしまおうと狙っていた犯人だった、という話。

普通、このような聞き込みは刑事(私服着用の警察官)が行うことが多く、2人以上のチームで行う。これはその聞き込みの相手が真犯人であれば抵抗や逃亡を試みる場合があるからである。また正式な聞き込みを行うということであれば、警察は対象者を調べた上である程度不審人物としてマークしているということを意味するのである。

従ってこの話のような1回限りのケースであればともかく、何回も聞きに来るようなケースであれば相当に怪しいとみているのであり、強引にドアを開けさせると考えた方がよい。解錠を確認すると、いきなりドアをこちらから開けて驚かせて見せる場合もあり、ベテランの刑事になるとそのときの相手の一瞬の反応でだいたい犯人かどうか判断できるという。

また「目撃していない」とはっきり証言した場合は基本的に再訪問はしない。しかし、家族の1人だけに話を聞いた場合は他の家族が事情を知っている可能性があるので、別の機会に再訪問するケースもある。さらに「何か思い出したら躊躇わず連絡を」と名刺を渡す事はある。
マクドナルド・コーヒー事件(マクドナルド・コーヒーじけん)は、アメリカ合衆国ニューメキシコ州のマクドナルドで起きた事件と、その事件をめぐる裁判のこと。また、それらを包括した都市伝説も存在し、それも含めて事件とすることもある。

日本において「訴訟社会アメリカ」を語る際に良く用いられる例である。


●事件の一部始終
1992年2月、ニューメキシコ州アルバカーキのマクドナルドで、Stella=Liebeck(ステラ=リーベック・当時79歳)とその孫がドライブ・スルーでテイクアウト用の朝食を購入した。リーベック婦人はその後、マクドナルドの駐車場で停車しているときにコーヒーを膝の間に挟み、ミルクとシュガーを入れるためにコーヒーの蓋を開けようとした。そのとき、誤ってカップが傾いてしまい、コーヒーがすべて婦人の膝にこぼれた。

コーヒーはリーベック婦人が着用していた服に染み込み、婦人はコーヒーの熱さに叫び声をあげた。運転していた孫は、最初はただコーヒーをこぼしただけと思っていたが、徐々にただ事ではないことに気付き、服を脱がせるなどの処置をして近くの病院へ向かった。直近の病院は満杯であったが、その次の病院は空いていたため婦人は収容され、第三度の火傷であると診察された。

●裁判とその判決
リーベック婦人は、自らの行為による自傷については認識していたが、しかし火傷の一因となったコーヒーの熱さは異常であり、この点についてマクドナルドは是正すべき義務があり、また治療費の一部を補償するべきであるとして訴訟を起こした。

評決の結果、

訴訟と同様のクレームが過去10年間に700件あったこと
マクドナルドのコーヒーが客に提供される際の温度は華氏180?190度(摂氏約85度)だが、家庭用コーヒーメーカーのコーヒーは華氏158?168度(摂氏72度)であったこと
コーヒーを渡す際、マクドナルドはなんら注意をせず、またカップの注意書きも見難いこと
を主な理由として、原告に20%、マクドナルドに80%の過失があるとした。その上で、填補賠償認定額20万ドルの80%にあたる16万ドルを本来の填補賠償額として、またマクドナルドのコーヒー売り上げ高の2日間分に相当する270万ドルを懲罰的損害賠償額として、それぞれ支払いを命じる評決が下された。

しかし、スコット判事は評決後手続で懲罰賠償額を填補賠償額の3倍に当たる48万ドルに減額を命じ、最終的にはマクドナルドが合計64万ドルの賠償金支払いを命じる判決が下された。

●都市伝説の真実
日本において、この事件は「コーヒーをこぼしただけで、裁判で3億円(当時の16万ドル+270万ドルの為替レートによる)賠償金を得た」というストーリーで知られており、訴訟大国アメリカを象徴するものとしてテレビ番組などで取り上げられた。しかし、原告が一方的に利となったかのような編成となることが多く、間違った印象を植えつけることにもなってしまった。

実際は、コーヒーをこぼしたリーベック婦人は皮膚移植手術を含む7日間の入院と、その後2年間の通院(このために娘は仕事を辞めて介護にあたった)、そして2千ドルの治療費を必要とした。治療が終わっても火傷は完全には癒えず、その痕が残った。

また、マクドナルドが裁判中に「10年間で700件というのは0に等しい」と発言するなど、裁判において陪審員の心象を損ねたこともマクドナルドの敗因と思われる。確かに、10年間に販売するコーヒーの数は、1日の売り上げが135万ドルという認定が正しいとすれば25億を超えるため、リスクマネジメントから考えれば25億分の700は0に等しいというのはあながち間違いではない。その上、他のコーヒーの温度に関する訴訟において、コーヒーの温度が高いほどドライブ中の保持温度が高くなり、ドライブ・スルーの本来の意義から言えば温度が高い場合の利点が大きいという結論も出ている。マクドナルドの敗因は、これらのことを理論立てて主張できなかったからとも思われる。

なお、当初この裁判はリーベック婦人とマクドナルドの間で争われていたが、そのときの婦人の要求額は2万ドルであった。マクドナルドは、このときリーベック婦人が求めていたコーヒーの熱さに対する対策と治療費の賠償のうち、治療費のみ3千ドルの賠償で済ませようとしたため、結局リーベック婦人は弁護士を雇い、結果として当初の額の32倍もの賠償をしなければならなくなったのである。

この事件の後、米国マクドナルドはコーヒーカップに「HOT! HOT! HOT!(熱い! 熱い! 熱い!)」と、またドライブ・スルーには「Coffee, tea, and hot chocolate are VERY HOT!(コーヒー、紅茶、ホットチョコレートはとても熱い!)」と、それぞれ表示するようになった。

古くから存在している迷信である。食品については日本だけでなく北アメリカからイギリスまで世界的規模で認知されている食品とそうでないものを区別する法則である。


●食品について
このルールはクッキーのような嗜好品に良く用いられ、「地面に落ちたとしても5秒以内なら悪い菌に感染しない」といった法則である。このルールは立ちながらキャンディーを食べている時などに有効に働き、例えば友人にキャンディーを渡すときに誤って落とした場合、気まずい雰囲気が流れるが、それを拾い「5秒ルール」を高らかに宣言する事であたかも何事も無かったか如く済ませる事が出来る。

5秒ルールはアイスクリームや湿ったキャンディーなど粘着質な食品ではめったに使われない。またトーストがバターを塗った面を下にして落ちた場合もめったに使われない。また他人の手のつけた食品にもめったに使われない。多くの実証があるが、その法則の発見者は誰にも知られていない。

実際比較的きれいな床では安全である。しかし、高々5秒で汚い床から悪い菌が食品に届かないといった考えは間違いである。問題にしているものは、目に見える塵や埃といったものよりも悪い菌である。もっとも、その2つは伴っている事が多い。例えば患者が多く運ばれる病院の床は適切に清掃され綺麗そうに見えるが、実際は汚い通りよりも汚染されている(一般家庭より病院や診療所の方が各種雑菌や感冒ウイルスの量が多いというのは消毒業関係者の間では常識のこと)。

●バリエーション
5秒ルールには様々なバリエーションがあり、3秒ルール、10秒ルール、15秒ルールと地域によってばらつきがある。また食品に対する環境や酔っ払いレベルにより、個人による引用のばらつきもある。例えばアメリカの大学の寮では多くの場合、5秒ルールの酔っ払いバージョンである10秒ルールが良く適用される。

また家の中では5秒ルールは15秒まで拡張出来る事は広く知られている。しかし、公共の場およびレストランでは時間は一般的に短縮される。また大企業の会議中、業務中、同僚との会合中、検品者、もしくは管理者が注意を払っている時は適用されない。またその食品が遠くに転がって行ってしまった(もしくは大回転した)場合、無効になる。

一部に食品に適用される3秒ルールの理論的根拠として「1秒目でばい菌さんが食べ物を発見し、2秒目で片手をかけ、3秒目で両手をかけて(食品にくっついて)しまうため」という説もある。その3秒ルールにもまた一説あり、「3秒以降ならセーフ」というのがそれである。1秒目でばい菌が食べ物に侵入し、2秒目でみんなでわいわいがやがや騒いで、3秒目で一斉に帰っていくというものであるが真偽の程は定かではない。

チンギス・ハーンの宮廷では24時間ルールであったといわれるが、今のところ確証は無い。


●研究
5秒ルールの疫学的調査は2003年にイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校の7週間の見習い期間において、当時高校3年生だったジリアン・クラーク(Jillian Clarke)によって行われた。クラークは博士志望のMeredith Agleと共にキャンパス中の様々な床のサンプルを採取して顕微鏡で調べた。彼らは床のかなりの部分はバクテリアを含んでいない事を発見し、結論として多くの場合、乾いた床に落ちた食品は安全である事が分かった。

しかしクラークは床が汚染されていた場合の5秒ルールを検証したいと思い、大腸菌を研究室の荒い床とつるつるした床両方に広げ、グミキャンディー(グミーベア)とクッキーを様々な時間置いてその付着状況を顕微鏡で調べた。その結果、全ての食品において5秒以下の時間でも相当数の菌があった。従って、彼女の研究結果は5秒ルールへの有効な反証となった。

彼女はその研究において、5秒ルールに関する巷間の意見をサンプル抽出法によって調査した。それによると、女性の70%および男性の56%において5秒ルールは良く知られており、このルールを適用することによって床に落ちたほとんどの食品は食べられている事が分かった。また、男性よりも女性においてこのルールが適用されやすい傾向にあり、クッキーやキャンディーはブロッコリーやカリフラワーよりもよりルールを適用されやすい事を発見した。

クラークはこの研究の功績により、2004年度の公衆衛生のためのイグノーベル賞を受賞した。





動物性たんぱく質の焦げた部分には発癌性物質が含まれている為、食べ過ぎると癌になってしまう、というもの。
防腐剤が大量に含まれている食品を摂取している現代人の死体は腐敗し難くなっている、というもの。「葬儀の際、遺体に副えられるドライアイスの使用量が○年前の半分になった」などと続く場合も。
「夫の葬儀の参列者に一目惚れした未亡人が、数日後自分の息子を殺害した。それは何故か?」という心理テストにまつわる噂。
多くの場合「再婚の際に息子が邪魔になるから」と答えるが、嗜虐嗜好が極端に強い人間は「息子の葬式でもう一度その人に会えるから」と答えるという。「かの麻原彰晃や酒鬼薔薇聖斗が後者を選んだ」という解説が付く事も。また『ハローバイバイ・関暁夫の都市伝説 信じるか信じないかはあなた次第』には、このテストは宮崎勤が考案したとの記述があるが、いずれにしても犯罪者に対し精神鑑定と称して信憑性がない手段を使うとは考え難い、とするのが正論であろう。
『八百屋お七』の伝承はまさにこの心理をベースとしたものであり、桜庭一樹の『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』、PS2ソフト『月の光?沈める鐘の殺人?』、『夜想曲2』等にもモチーフとして使われている。またフロイトの「夢判断」の伝承として同様の話が伝わっている。
2005年10月放送の『やりすぎコージー』で、千原ジュニアは後者の答えを選んだとされる。
市民に親しまれ利用されている、ある電子掲示板(地域BBS)はカルト宗教が、世界征服の一貫として密かにその市を乗っ取る為に運営している、というもの。以下はその噂の例。
・自分達の都合の良い様に情報をコントロールする。
・過去の書込みを分析し、利用者の個人データーを作成。また、IPアドレスを元に投稿者の住所を割り出し、身辺調査等を行なう。
・これらを調べ始めると、身の周りに不可解な事件や事故・嫌がらせが発生、最終的には行方不明になる。
某大学の地下には核のマークがついた古い扉があり、
その先は核施設になっている、というもの。

国内では実際に東京大学、京都大学、立教大学(廃炉)、
近畿大学、武蔵工業大学(廃炉)がそれぞれ研究用の原子炉を持っている/いた。
ただし、いずれも発電用や産業用の原子炉と比較すれば遥かに小規模で、
出力も僅かなものである。
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