FC2ブログ
ぬぽぬぽ
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
実際には19世紀から生産されている。
他にも「日の丸をもとにデザインされた」など多数の流説がある。

ラッキーストライクは、
そのパッケージの柄が日の丸に似ているとして、
これまでにさまざまな都市伝説が生まれている。

中でも太平洋戦争中に、
広島への原爆投下に成功したエノラ・ゲイが放った
「Lucky Strike!!!」が由来となっているという説があるが、
これに関してはラッキーストライク原爆投下前の1871年に販売、
1942年に現在のパッケージがデザインされ
米軍の配給たばことなっていた事実などから否定されている。

上述の通り米軍の配給タバコであるが、
戦場の兵士たちからはその名前から縁起が悪いとして敬遠された。
しかし中には自らその箱をヘルメットに括りつけるなどしていた者もいたといわれている。

ラッキーストライクのパッケージ側面に描かれているネイティブアメリカンの顔の絵は、
横に倒してみると家の屋根が爆発しているようにも見える
(現在では、ネイティブアメリカンの顔の絵が鮮明になったことから、
この現象はおきない)。

ホンダが第3期F1活動を始めた際、
組んだシャーシコンストラクターが、
BARチーム(BATの持ち株チーム)だったのにあたり、
車のカラーリングをラッキーストライクカラーにした所、
ホンダ第1期F1参戦時のカラーリング(日の丸カラー)に酷似していた為話題になった(ホンダ側の要望だったらしい)。

2006にBARチームをホンダ・レーシング・F1チームへ売却した後もメインスポンサーに留まったが、この年限りでスポンサーから降りることが決まっている。

肺がんを引き起す要素が高い煙草としても有名であるが、
銘柄別に発がん率を調査した統計・論文の類が存在するわけでもなく、
これまた俗説にすぎない。

スポンサーサイト
[PR]

古い(銀塩やインスタントの)スピード写真は直焼きであり、
元々ネガが存在しない。

また最近のものはデジタルプリントになっている
(ブースの中にデジカメ写真紙プリンターが組み込まれている)ため、
同様にネガは存在しない。

近年では、
デジタル写真ブースからインターネット回線経由で警察に送られているとする説も見られるが、
たとえ技術的には可能な手段であっても、
街頭の防犯カメラの設置に関してさえ一部の世論が
神経質な反応を見せる現在の世相のもとでこのような方法を強行して
発覚した場合のリスクを考えれば、
少なくとも現在の日本ではあり得ないと考えて良い
消費者金融アイフル」のCMに出演している
チワワのくぅーちゃんが死んでいるという噂が、
芸能界やペット業界で、まことしやかに囁かれている。

実際は死んではおらず、大人数ではないものの、
一部の人にはくぅーちゃんが死んでいるとの噂が立ってしまっている
(その後もCMにくぅーちゃんが出演しているが、これは別のチワワで、
よく見ると出演時間を若干少なくしているというものがつく)。

この噂は、写真週刊誌が、
チワワ(当時このCMの影響で流行していた)をペットショップで買ってきたが、
購入後すぐに病死してしまったという話を元にした記事を載せた際、
その見出しを「くぅちゃんが死んじゃった」としたために起きた誤解であると考えられる。

また、くぅーちゃんの妹にあたる犬が、
犬種品評会でモノのように扱われていた映像が流れたことから、
くぅーちゃんも業界に酷使されたのではと考えられたようだ
(ちなみに代替わりを繰り返していたとされるサンライズ「ほねっこ」のゴン太は、
1歳を目前に撮影された1993年のCMから、
画面でも白毛が目立つようになった2004年のCMまで、
同じ1頭のラブラドールで撮り続けられてきた。
この偉業は、逆の意味で伝説になっている)。

いずれも消費者金融業についての悪いイメージがもたらした都市伝説であるといえよう。
ツッパリ学生の衣装を着せた子猫の写真などが1980年代にヒットした。

写真撮影時に猫を立たせるためにから割り箸を差し込んだ、という説がある。

また手術により針金を体内に埋め込んだという説もささやかれた。

実際には衣装に仕掛けがあり、猫の体に負担をかけないで立たせることが出来る。
南太平洋に存在する同島が、
地球温暖化などによる海面の上昇で既に水没したとするもの。

一部ラジオ・テレビ番組でこの内容が放送されたことに加え、
エロマンガ島」の地図上の表記が「イロマンゴ島」に変更されたことにも起因するといわれる。

実際のイロマンゴ島には標高800m近い火山が存在するため、
数メートル程度の海面上昇で全島が水没することはあり得ない。
免許番号には個人の犯歴や、
特定政党や団体の構成員・職員などの「要注意者」を判別できる情報が含まれている、
というもの。

今後予定されている運転免許証へのICチップ内蔵においては、
要注意人物」をも特定できるような個人情報が書き込まれる、
との危惧がある(ICチップを読み出せるのは警察関係者(全ての情報)と、
免許証の所持者本人が警察施設内設置の専用端末を使い
表面の印刷情報との同一性確認の範囲で閲覧が可能である)。
地震発生日は「Xデー」と呼ばれ事前に予知されているが、
政府高官やNHK報道員、
一部の有力者以外にはパニックを回避するために公表されないとする都市伝説。

しかし、東京都で2005年に中規模な地震が発生した際に、
災害対応要員用官舎に住みポケットベルの常時携帯が義務づけられていた都職員の多くが非常召集に対して連絡もとらず、問題になった。

これは上記都市伝説に対する反証といえる。

なお、現在の技術では、
数日から数年前の段階で地震の発生日を特定することはほぼ不可能とされる。
実際の地名は「東京都福生市横田基地」。

AFN東京への受信報告書はこれで届く。

NTT回線とは別に米軍用回線(DSN番号 一部の在外米公館にもある)も引かれている為、
このような話が出来たらしい。

また、日本国内のアメリカ基地内にはアメリカ合衆国郵政公社管轄の郵便局がある関係上、アメリカ切手が使えるために生じた可能性がある。

ちなみに、沖縄県内に存在する各米軍基地の住所はカリフォルニア州扱いである。

米軍機ハンドブック〈2000〉
松崎 豊一
エア ショーVOL.5 松島基地航空祭(...
3,990円 / アサヒレコード
エア ショーVOL.5 松島基地航空祭(...
3,990円 / famima.com
受話器受けのスイッチを操作するなど、
通常では考えられない方法でリカちゃん電話に繋ぐことが出来るとする。

またリカちゃん電話を利用しているのは、
本来ターゲットである女の子ではなく、
小児性愛者もしくは変態性欲者とする。

ダイアル回線、
特に旧型の黒電話などでフックスイッチを素早く数回連打すると、
交換器がその操作を回数に相当したダイアルパルスと認識することがある。
そのため、正しい番号にかかる可能性がある。

特に、かつてのリカちゃん電話は、
下5桁に1や4など小さい数字が多かったため、
比較的成功しやすかったと思われる。

また、上記操作の際には、
しばしば111番や114番にかかり、
自動音声が流れ、
前者の場合は回線試験でベルが鳴り出す(おばけ電話と呼ばれた)。

これも噂の要因となったと思われる。
アロエビクスマンとは、
1990年代中頃の近畿圏で流布した都市伝説の登場人物である。

ラジオ番組の深夜放送に目撃談が寄せられたのをきっかけに、有名になった。

アロエの葉を模したと思われる緑色の突起物を頭につけ、
緑色の全身タイツを着た姿をしていると言われる。

京都市内各所に突如現れ、
なんの脈絡もなくエアロビクスらしき踊りを踊り、
またどこへともなく姿を消すという。

京都駅構内を歩き、
ヘッドフォンをつけ、踊りながら歩く。

前面には「私はアロエ」との看板をぶら下げている。
プロ野球選手がある女性と出来ちゃった結婚するものの、
生まれたのが黒人の子供だったため、
「とりあえず、お疲れ」と女性に声を掛けて離婚したというもの。
東京の四ヶ谷にあると言われている、公衆電話

その電話にギザ十を入れて片思いの恋人電話すると、恋が叶うらしい。
メン・イン・ブラック(Men in Black、MIB、衣の男)は、
UFO宇宙人などの目撃者・研究者の前に現れ、
警告や脅迫を与えたり、さまざまな圧力や妨害を行う謎の存在とされ、
一種の都市伝説や陰謀論となっている。

多くの証言では、未確認飛行物体宇宙人目撃した後に、
目撃者の家や職場にスーツ、いソフト帽、レンズのサングラスを着用し、
塗りの大型セダンに乗って2人あるいは3人組で訪れ、
未確認飛行物体宇宙人目撃を他言しないように」との警告や脅迫を行ったり、
脅迫のためか目撃者の家の写真を撮影するとされる。

彼らの顔つきはアジア人的であるといわれ、
すべての衣類や持ち物が新品そのものであるという証言も多い。

なお、これらの車にはナンバープレートがついていないケースや、
ナンバープレートはついているものの、
偽造されたものなのかそのナンバーは登録がないというケースも報告されている。

また、彼らとともに、全くの無音で飛行する「いヘリコプター」が目撃されることもある。

たとえ訪問された目撃者以外に未確認飛行物体宇宙人の目撃者がいない場合でも、
なぜか目撃者の家や職場を特定し、訪れるケースが多数報告されている。

また、機械的な歩き方をしたり、目撃者の家において出された飲み物のストローや、
デザートのスプーンの使い方がわからないなど、
日常生活において通常ついているはずの知識が欠如していることが多いため、
「地球人の格好をした宇宙人ではないか」と言われることもある。

1960年代にアメリカ空軍やNORADの身分証明書を示した人物による脅迫事件が多発したこともあり、
FBIが本格的な調査を行ったところ、
身分証明書に記された名前の人物が存在しなかったり、
存在するものの機関には所属していない別人であるというケースが多かった。

また、彼らの忠告を無視した結果、「殺害するぞ」と再警告を受けたり、
目撃者の自動車が故意の当て逃げ事故に巻き込まれたという報告もある。

しかし、これらの事例について警察に通報したにもかかわらず、
警察官が来なかったり、
来たという記録そのものが故意に消されていたという報告も存在するだけでなく、
1965年にテキサス州で報告されたケースでは、
未確認飛行物体を目撃した警察官の元に現れ、
口止めするよう忠告したという報告もある。

中山市朗、木原浩勝氏の著書『新耳袋』の「黒い男たち」という章で日本においてもUFOを撮影した人物の元に出現し、
暗躍している事例が記されている。
撮影した写真をネガごと廃棄する事で失踪という最悪の事態を免れた目撃者の証言もある。

また、中山の著書『妖怪現わる』には、昭和50年代に、
北海道で直立する蛙のような、河童にも見える生き物の写真を撮った者の所に出現し、
その後接触した撮影者が消息を絶つという事例も記されている(同時に大阪で同様の生き物を撮影した人物が消息を絶つ事例も掲載しているが、
その人物がメン・イン・ブラックと会ったかは不明)。

当時矢追純一が著書でメン・イン・ブラックを紹介する前だった為、
仲間内で「ブラック・マン」と呼んでいたという。

とはいえ一般的な知名度はアメリカと比べて高くない。

小説『Missing』(甲田学人)では、
神隠しなどの怪奇現象を隠蔽するメン・イン・ブラックの様な極秘機関が登場するが、
この都市伝説を知らない読者から「映画のパクリ」と誤解を受けたことがある。

アメリカを中心に多くの目撃報告が存在するものの、あまりに突飛な内容ということもあり、彼らが実際に存在するか否かという点を離れ、一種の都市伝説と化している。

「もし本当にメン・イン・ブラックが存在しているならば、
『メン・イン・ブラック』自身の目撃情報もメン・イン・ブラックは抹消していて、
我々が知る事は無いだろう」という意見もあるが、
実際に、「(メン・イン・ブラックの)存在を他のものに告げることをしないように」との忠告を受けている事例も存在している。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』



サンジェルマン伯爵

サンジェルマン伯爵(Comte de Saint-Germain、生没年不詳)は、
18世紀、ルイ15世時代のフランス宮廷に突如登場した謎の人物。錬金術師。

「不死の人」と呼ばれ、ヨーロッパ各所に様々な年代に現れた怪人だが、確認できる記録に現れるのは1710年。フランスの音楽家ジャン・フィリップ・ラモーの日記によれば、当時50歳前後に見えたという。しかしその25年後、1735年にオランダのハーグに現れた彼は25歳前後に見えたと言う。その後、1750年にルイ15世と謁見した彼は40歳前後、1760年前後のルイ15世時代のヴェルサイユ宮殿には50年前と同じく50歳前後の姿で現れている(これらの記述から、1710年の人物と1735年以降の人物は別人であるとする説もある)。

多くの外国語に堪能で医学や科学の知識にも優れ、優雅で洗練された物腰のため、フランス宮廷で人心を集めた。ヴォルテールをして「彼は何でも知っている」と言わしめたという。ルイ15世の依頼でダイヤモンド内部の傷を取ったという話も残っている。

ポルトガル系ユダヤ人とも、ルーマニアのトランシルバニア地方にあるラコッチー王家の王位継承者王家に縁の人物(ただし、当時ルーマニアは国家としてはまだ存在していなかった)ともいわれ、自分の年齢を二千歳とも四千歳であるともし、ソロモン王やシバの女王と面識があったとも語った。十字軍では、パレスチナにおいて、イングランド王リチャード1世とも会話したともいう。また「自分は不老不死なので、霊薬を口にする他は食事は必要としない」と言って、実際に人前では全く食事をしなかった。

ルイ15世はサン・ジェルマンを気に入り、シャンボール城に彼のための錬金術実験室も用意させた。またフランスの外交特使として各国に派遣され活躍したが、同時にプロイセン王国のフリードリヒ大王にも仕えた秘密外交官であったと言う。1762年、ロシアのエカチェリーナ2世の即位に至るクーデターに加担したとも言われている(この時にはヴェルダン伯爵という別名を名乗っていた)。

しかしルイ16世の代になると先代ほどの信頼を得ることができず、フランス革命を予言して警告するも、聞き入れられなかった。その後フランス革命前後の時期にもフランス国内に現れ、1792年の王妃マリー・アントワネットの処刑の折、見守る群衆の中にサン・ジェルマンの姿があったという。

また同時期の錬金術師として知られるカリオストロの師匠であったという風評も多く残っているが、この二人が接触していたことを裏付ける資料は確認されていない。

サン・ジェルマン伯爵の死については、1777年にドイツのカッセルで死去とも言われているが、ドイツのエッケルフェアデ教会の記録には、「1784年2月27日死去、3月2日埋葬」という記録が残されている。

しかしその後もヨーロッパ各地で目撃が報告されており、1785年に友人の前に姿を現したサン・ジェルマン伯は、これからヒマラヤに隠遁すると告げている(但しその友人がどこの誰なのかは不明)。また1821年には教育家ステファニー・フェリシテ女史が彼に面会したと語っている。

なおフランス革命後、皇帝ナポレオン1世もサン・ジェルマンの行方を追わせている。ナポレオンはエジプト遠征の前とエルバ島へ流される数ヶ月前に「“チュイルリー宮殿の赤い服の男”に出会い、助言をうけた」と言われており、この“赤い服の男”がサン・ジェルマン伯爵だという説がある。


プレスター・ジョン

プレスター・ジョン(英: Prester John)は、
12世紀から17世紀にかけて流布された、
伝説的な東方キリスト教国家の君主。

プレスター・ジョンは英語読みで本来のラテン語ではプレスビュテル・ヨハネス(Presbyter Johannes)。

ポルトガル語読みプレステ・ジョアン(Preste João)も時折使用される。

司祭ヨハネを意味する。

キリストの誕生を伝えた東方の三博士の子孫とされ、
当初はインド、後にモンゴルなどの中央アジア、エチオピア、ジンバブエ等が「プレスター・ジョンの国」として推定された。

十字軍が苦戦する中で、
東方からイスラム教徒を蹴散らす援軍が来ることを待望して、
噂が広まったと思われる。

古来からネストリウス派の布教により、
東洋にもキリスト教国家があると考えられていた。

それらの布教活動を行った人々の中には、
長老ヨハネと呼ばれる人物の伝説もあった。

その説によると、キリストの弟子の一人トマスがインドへ布教しに行き、
インドの王ミスダエウスに殺されたと言う。

しかし王は後悔し、キリスト教に改宗したと言われている。

王の死後、息子のヴィサン(ヨハネと間違えられる)が王位を継ぐと共に、
司教も兼ねたと言う。

その様な王国がアジアにあるとネストリウス派によってヨーロッパに伝聞として広がったのである。

1144年、アンティオキア公国のレイモンからローマ教皇エウゲニウス3世への使者が、
プレスター・ジョンのことを伝えた。

それによると、「彼はネストリウス派キリスト教国の王と司教を兼ねた存在で、
最近メディア、ペルシアを破り、十字軍を救援にエルサレムに向かったが、
ティグリス川の洪水により引き返した。」とのことで、
このため第2回十字軍のとき、この王の救援が期待された。

これは、1141年に西遼(カラ・キタイ)が、
実際にサマルカンド近辺でセルジューク朝軍を破ったことが誤って伝えられたものと思われる。

当然、西遼の支配者層は仏教徒であり、キリスト教徒ではない。

しかしネストリウス派はヨーロッパから追放され、
中央アジアから中国にまで散らばる大コミュニティーを形成していたため、
西遼の軍の中にキリスト教徒がいた可能性は否定できない。

ところが1165年ごろ、プレスター・ジョンの手紙と称するものが西欧に広く出回ることになる。

その手紙は、「東方の三博士の子孫でインドの王プレスター・ジョン」から「ビザンティン皇帝マヌエル1世コムネノス」に宛てたとされるもので、
この手紙は各国語に翻訳され、さらに尾ひれがついて多くの複製が作られた。

今日でも数百通が残されている。

これに対し、1177年にローマ教皇アレクサンデル3世は、
プレスター・ジョン宛ての手紙を持たせた使者を派遣した。

その後、使者がどうなったかは定かではない。

しかしこの手紙は、西欧では数十年にわたって人気を博したと言う。

このプレスター・ジョンの手紙は現代の研究では、
当時の西欧人が偽造したものだと考えられている(一部、千一夜物語からの仮借もあると言う)。

またマルコ・ポーロも、プレスター・ジョンの国家がアジアにあると確信していた。


モンゴル
1221年、第5回十字軍に従軍したアッコンの司教が、「プレスター・ジョンの孫のダビデ王がペルシアを征服してバグダードに向かっている」との報告をもたらした。これは実はモンゴル帝国のチンギス・ハーンのことであり、1245年にプラノ・カルピニのジョヴァンニがローマ教皇庁によってグユクの即位式に、1253年にはウィリアム・ルブルックがフランス国王ルイ9世によってモンケの治世に、フランシスコ派の修道士らを代表とする使節がそれぞれモンゴル宮廷に派遣された。当時、彼らによって西側に伝えられた話では、チンギス・ハーンの義父、ケレイトのオン・ハンがプレスター・ジョンだったが、チンギス・ハーンと争い殺されたいうものである。モンゴルに滅ぼされたケレイト、ナイマンなどの遊牧国家のいくつかは、実際にネストリウス派キリスト教国であり、モンゴル帝室にもネストリウス派キリスト教徒は多かったので、このような話になったと思われる。この後、プレスター・ジョンは完全に伝説となり、聖杯伝説などと結び付けられたりするようになる。


エチオピア
早くからエチオピアにキリスト教国(コプト派)があることは知られていたが、イスラム教国で遮られていたため、ほとんど接触がなかった。1306年にエチオピアから30人の使節が来欧し、15世紀ごろからエチオピアの皇帝をプレスター・ジョンと呼ぶようになった。1520年にポルトガルが外交関係を樹立した際も、プレスター・ジョンを皇帝と同義語に使っている。また、モンゴルに追われてアジア側からアフリカへ避難しただけと言う者もいた。

これに対してコプト教会側は激しく否定した。エチオピアは、4世紀にキリスト教に改宗しており、プレスター・ジョンという胡散臭い組織と同一視される事を拒んだ。しかも自分たちは、ソロモン王とシバの女王の子メネリクを祖とする皇統を誇っていると豪語した(歴史的な根拠には乏しい)。

しかしヨーロッパの世界地図には長らくエチオピアがプレスター・ジョンの国として描かれた。またポルトガルの航海士ヴァスコ・ダ・ガマもアフリカ東海岸に寄航した折に誤認した。

しかし結局は、エチオピアがプレスター・ジョンの国であるという根拠も証拠も乏しく、断定することはできなかった。


終幕
結局のところエチオピアに否定され、他に存在するという証すら発見できず、何の進展も無く17世紀までにヨーロッパ人の話題にすらならず自然消滅してしまう事になった。現代でも、大航海時代が湧き上がった原因の1つにプレスター・ジョンの伝説があるが、世界中探し回って見つけられなかった為に歴史家や専門家の研究対象となりにくく、世界史の一面としては、影の歴史として据えられてしまったのである。


幽霊機関車

幽霊機関車(ゆうれいきかんしゃ)は、
幽霊の如く存在しないはずの蒸気機関車が鉄道線路上を走るという怪現象。
偽汽車(にせきしゃ)などとも呼ばれる。
明治時代に語られていた。


東京都葛飾区亀有・見性寺の狢塚日本に蒸気機関車が導入され、
鉄道が普及し始めた明治時代のこと。

東京都葛飾区亀有など各地で、
夜遅くに汽車が線路を走っていると、
しばしば怪現象が起きた。

汽車の前方から汽笛が聞こえてきたかと思うと、
その汽車の走っている線路上を、
逆方向からこちらへ向かって別の汽車が走って来る。

運転手は「危ない、衝突する!」と慌てて急ブレーキをかけるが、
その瞬間、あちらの汽車は忽然と姿を消してしまうのである。

このような怪現象が続いたある晩のこと。

1人の運転手が汽車を走らせていると、
件の幽霊機関車が現れ、こちら目掛けて走ってきた。

運転手は「こんなものは幻覚に決まっている」と、
ブレーキをかけずにそのまま汽車を走らせた。

衝突するかと思われたそのとき「ギャッ!」という叫び声と共に、
幽霊機関車は消え去った。

翌朝にその辺りを調べたところ、
汽車に轢かれた狢の死体が見つかった。

それを見た人々は、
線路を引かれたために棲み処を壊された狢が、
幽霊機関車となって人々を化かしていたのだろうと噂し、
この狢を供養するため、亀有の見性寺に塚を作った。

現在ではこの塚の石碑が、見性寺の境内に「狢塚」の名で残されている。
薔薇十字団 (ばらじゅうじだん、Rosenkreuzer ) とは、
17世紀初頭のヨーロッパでその話題が流布した魔術の秘密結社である。
一種の都市伝説で実在はしないとされる。


始祖クリスティアン・ローゼンクロイツ(Christian Rosenkreuz)の遺志を継ぎ、錬金術や魔術などの古代の英知を駆使して、人知れず世の人々を救うという。

1614年に神聖ローマ帝国(ドイツ)のカッセルで刊行された怪文書『全世界の普遍的かつ総体的改革』とその付録『友愛団の名声』で初めてその存在が語られ、一気に全ヨーロッパの話題をさらう。

イェイツによれば、この背景に、薔薇すなわちイングランド王家を旧教ハプスブルク皇帝家の支配からの救世主として迎え入れようとする大陸諸小国の願望があった、という。なお、それから4年後の1618年にドイツを舞台とした宗教戦争「三十年戦争」が勃発している。

やがてこれが都市伝説化して、薔薇十字団に入団希望する者、「薔薇十字団員に会った」と言う者、果ては「自分は薔薇十字団員だ」と自称するカリオストロやサンジェルマン伯爵などの様な、怪しげな人々も現れ、世の人々を惑わせた。また、こうした事から実際に「薔薇十字団を名乗る団体」や「薔薇十字団の流れを汲むと自称する団体」などが登場しており、現在でもその傾向は続いている。

こうしたいきさつから、薔薇十字団は様々なフィクション作品で取り扱われている。その遇し方は様々だが、「秘密結社」という「人知れず活動する」事への「実態が不明瞭な事から来る不気味さ」や「魔法」という「一般に理解不能な未知の力のイメージ」から「主人公に対する危険な敵対組織」として描かれる場合が多い。



バネ足ジャック

バネ足ジャック(バネあしジャック / Spring Heeled Jack)は、切り裂きジャックが出現する数十年前に出現した都市伝説である。

切り裂きジャックに並ぶもう一人の『ジャック』である。切り裂きジャックと同じく、史実の事件が元になって生まれた都市伝説的存在であるが、こちらはより幻想的な存在である。このバネ足ジャックと呼ばれる男の正体は今もなお存在が確認されていないが、数少ない証言によると、「銀色の衣装に身を包み、消防士と偽り、出てきた相手に炎を吹きかけたり、ナイフで刺したりして逃走した」という。また、連続するバネ足ジャックの事件現場に駆けつけた警官は、「バネ足ジャックが数メートルの高さの壁をいとも簡単に飛び越えたらしい」と証言した。ヴィクトリア朝末期という時代にはこのような快楽的犯行を行う者がおり、この男こそバネ足ジャックではないかとも言われている。そしてその年を含む数年間はこのような事件が多発していた。

この類では切り裂きジャックが有名だろう。この男に関しては、切り裂きジャックの項で述べているのでその項を参照のこと。もう一つは『口裂け女』である。この人は、一時北海道を震撼させた悪魔的都市伝説存在である。一時は大人すら震え上がらせ、北海道内の殆どの学校は一時期集団下校・集団登校をさせたほどだった。また、もう一つ有名なのは『殺人道化師』である。この男はアイスクリーム屋を装いながら人々を殺傷しようとした人である。しかし、実際にあったのは、切られる程度であり、あまり知られていない。

バネ足ジャックは、快楽殺人をしようとした説もある。事実、猟奇的な事件がバネ足ジャックを皮切りに多数その様な事件が発生したからだ。だが、実際の伝説を総合すると、強姦されたと主張する少女一人以外、人を驚かせる以上の悪さはしていない。

西郷星


西郷星(さいごうぼし)とは、明治10年 (1877年)頃、西南戦争による世の混乱の中、西郷隆盛の死を悼む人々の間で流布した噂である。

この頃、火星の大接近があり、最接近時の9月3日には見かけの等級が-2.5等あまりにまで輝いていた。この時、「火星の赤い光の中に、西郷隆盛の姿が見えた」という噂が流れ、西郷星と呼ばれて大騒ぎになった。

やがてこれに便乗し、西郷星を描いた錦絵が何種類も売り出されて人気を博したと、エドワード・モースの当時の日記にも記されている。

また、この時に火星の近くに位置していた土星も、桐野利秋に因んで桐野星(きりのぼし)と呼ばれた。

スリーピー・ホロウ(Sleepy Hollow)とはニューヨーク北部の町で語り継がれている都市伝説

中世の歴史のないアメリカでは数少ない妖怪伝説のためよく知られている。ビッグ・フットやジャージー・デビルの明るさはないが、ゴシック的な色彩で人気が高い。

開拓時代に渡米した残虐なドイツ人騎士が殺され首を切られたが、復活し光る眼の馬に乗り、森の中で殺しの犠牲者を待っているとするもの。森が多かったニューヨーク近郊で語り継がれている。場所は特定されていないが、ニューヨーク州ウエストチェスター郡が物語の舞台となっている。この付近にはスリーピー・ホロウと名のつく地名や建物が数多く存在する。現在では1997年に「スリーピー・ホロウ」という名前になった村がある。

この伝説はワシントン・アーヴィングにより小説化され、それを元にティム・バートンが映画「スリーピー・ホロウ」を制作した。

明治時代に流布した伝説。

当時の電線は被覆されないため絶縁のためにコールタールを塗布するが、
それを目撃した者が処女の生き血を塗っていると勘違いしたものが広まったものと見られる。
それが広まっている間、生き血を取られないように、
妙齢の女性は既婚女性と同様の容姿(丸髷、お歯黒、引眉、地味な着物等)となる場合が多かったらしい。
テカムセの呪い(テカムセののろい、Tecumseh's curse) は、第9代アメリカ合衆国大統領ウィリアム・H・ハリソンの肺炎による死去から始まるアメリカ合衆国大統領への一連の出来事の原因とされる呪い。0年の呪い (zero-year curse)、20年の呪い (twenty-year curse)、ティピカヌーの呪い (curse of Tippecanoe)、大統領の呪い (presidential curse) とも呼ばれる。

この呪いは、1811年にティピカヌーの戦いでウィリアム・ハリソンに殺されたショーニー族の酋長、テカムセ ( あるいは予言者であった彼の兄弟テンスクワタワ) によるものとされる。その「呪い」は20年ごとに選ばれる大統領の死を呪ったものといわれる。いくつかの資料では、テカムセが死んだとき彼の母親が呪いをかけたとされるが、確固たる証拠はない。また一連の出来事がインディアンの呪いによるものとする明瞭な出所もない。

「頭のおかしい人の所には黄色い救急車が来て、鉄格子付きの病院に連れて行かれる」という話。救急車のサイレン音、もしくはYellow Peopleから「イエロー・ピーポー」と呼ぶこともある。地方によっては、救急車の色は緑であったり、青であったり、紫であったりする。“鉄格子付きの病院”は、精神科の閉鎖病棟の事と見られる。

また、「通報者はお金(口止め料)がもらえる」という話もある。

多くの精神科医が、そのような色の救急車で、患者が搬送されたところを見たことがないと証言している。救急車の色は法令で白と規定されているため。普通の救急車で搬送される事はある。また、民間の患者搬送サービス車で緊急走行は出来ないので仮に搬送車の塗色黄色とする業者によってそのような行為があったとしても「救急車」という点に矛盾が生じる。

なお、救急車ではないがJR東海とJR西日本でドクターイエローと呼ばれる線路の点検などを行う黄色い新幹線がある。しかし、黄色い特殊車両が使われ始めたのは1964年の東海道山陽新幹線開業時であり、黄色い救急車の噂が流れ始めた時期よりも少し後であるため、あまり関連は無いと思われるがこの車両の存在を知らない者がたまたま目にし、同じく知らないもの同士で都市伝説の類にしてしまうこともまれにある。理由も、誤乗防止である。また、JR東日本の新幹線でEast iがあり、色は救急車と同じ紅白であるがこれも余談の域を出ない。

同様に、高速道路や一般道の巡回に使われている道路パトロールカーや、一部の電力会社やガス会社の緊急車両に黄色の塗色でパトランプを備えているものがあるため、これらを目にした子供たちが誤解して「噂は本当」と信じ込んだ事も考えられる。緊急自動車には定められたもの以外にも様々な塗色が存在するため、地方によって伝説で語られる色の差異についてもここから生じることも考えられる。
東京の井の頭公園や名古屋市の東山公園など、
著名な公園で言われる事が多い伝説。

類似した物にとある遊園地・テーマパークへカップルで行くと別れるというのもあるが、
どちらも統計的な根拠は全くない。

また、手こぎボートはフォトジェニックであるためカップルが乗る図像が映画・ドラマ・写真によく使われるが、
水が撥ねないように漕ぐのは慣れなければ難しく、
不仲の原因になるのはどの公園であろうと変わらない。
サーカス団員は、
親に売り飛ばされた人や人攫い(子捕り)に攫われた人だという噂。

かなり古いもので、最近はまず聞かない。

団員が“孤児だけで構成されている”ベンポスタ子供サーカス(スペイン・ベンポスタ子ども共和国)が実在するので、
ここから派生したと思われる。

もともと、サーカス団は各地を巡業しているので、
定住生活者から見れば客人的存在だったためこのような噂が流された。

母親が子供を叱るときに「サーカスに連れてかれるよ」「売り飛ばすよ」などということもあった。

四国ではサーカスのかわりに「へんど」(四国八十八ヵ所札所の巡礼者の差別的な言い方)が使われることもあった。

ヨーロッパでロマがジプシー(放浪民)と差別されたのと本質的に同じである。
青木ヶ原は溶岩流の上に出来た地形のため、
鉄分を多く含むために磁力が強くなり、
故に方位磁針が狂うというのが根拠である。

しかし、鉄分が多いことは事実だが、
方位磁針を狂わせるほど強力ではなく、
トリビアの泉でも「ガセビア」として紹介されている。
(いよいよの時は電子コンパスかGPSケータイでも持って行けばよい)
佐川急便


飛脚のふんどしは、佐川急便のトラックにまつわる都市伝説である。

佐川急便のトラックに描かれている飛脚の赤いふんどしに触れると幸せになれるといわれ、
触ろうとする人が増えた。

中には「(トラックが)高速で走っている最中なら、なお良い」という伝説もあった。

その後エスカレートして、
一部では「男性配達員のお尻をさわるといい」という伝説まで存在した。


走行中のトラックに触れる行為は非常に危険なために、
現在はふんどしではなく、
赤いパンツになっているのではないかと言われる。

実際に同社のウェブサイトにおけるマスコット「ひきゃく君」(2005年3月限りで引退)は、
赤いパンツに縞模様のシャツ姿である。

また、最近SGホールディングス(佐川急便)グループがCIを導入したことにより、
荷台のデザインそのものを「ギャラクシーカラー」と呼ばれる宇宙と星雲をイメージした塗装に塗り替えており、
飛脚は側面の隅に小さく描かれているだけの物が増えている。

これは飛脚の絵が銀色のボディに白くペイントされているため、
近づいてよく見ないと目立たない。

そして2007年からはセールスドライバーをイメージした新飛脚マークに置き換えられることになり、
「飛脚のふんどし」自体が過去のものになろうとしている。

実際、ギャラクシーカラーのトラックでは旧飛脚マークの上に新飛脚マークが貼られている。

ただし飛脚マーク自体は会社の社章でもあるので用途を限定して使用されている。

眉毛のあるコアラのマーチを見つけると幸せになれるというもの。

また、盲腸コアラ(腹部に傷があるコアラで、正式には手術痕ではなくただのケガ)を見つけると不幸になるといわれる(盲腸にかからない、とされることも)
すかいらーくの看板に描かれている鳥にへそがないのを見つけたら、タダになる。

もちろん全くのデマである。

似たようなデマに吉野家の丼がある。


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ファンタはこれまでに多種類のフレーバーを発売している。

そんな中、かつて「ゴールデンアップル」というフレーバーが存在したか否かという話題がネットを中心に2000年前後に巻き起こり、
存在を肯定する側と否定する側に意見が分かれ論争となった。

論争は長期に及び盛り上がりを見せた。

やがてコカ・コーラ社は「過去に日本国内でそのような製品を販売したことはない。

ゴールデングレープならあった」という公式見解を発表した。

このような論争が起こった原因として一説には、
「当時、着色料不使用のゴールデングレープが、同時期に発売されていたファンタアップルと色、香り共に似ていたため、
混同して記憶していた人が多かったのではないか」というものがある。

コカ・コーラ社の公式見解表明以後、論争は沈静化したが、
ネットでは「ゴールデンアップル存在説」は半ば都市伝説化している。

この論争の後、コカ・コーラ社は、
2002年10月にファンタゴールデンアップルというフレーバーを新発売した。
さらに2006年に同商品をセブン-イレブン限定で「あの伝説の商品」
「1970年代の復刻版デザイン」として1970年代のファンタに用いられたデザインで販売している。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。